なる
あゝ眼、眼を造つたものは何だ。
寂しい處で眼を造つたものがあるのだ。
優しくしたり、恐くしたり、その眼に生氣を與へる者があるのだ。

  赤ん坊

赤ん坊は泣いて母を呼ぶ
自分の眼覺めたのを知らせる爲めに
苦るしい力強い聲で
母を呼ぶ。母を呼ぶ
深いところから世界が呼ぶやうに
此世の母を呼ぶ、母を呼ぶ

  北風

烈しい北風が吹き止んだ。
太陽が落ちると同時に
まるで申し合はせたやうに
地上のものを思はせる、確りした平和の夕暮が來た。
一層深く淨められた夕暮が來た。
惱みが鎭められたやうに。

  雪

雪が降つて世間の騷ぎが鎭つた。
人間は漸つと自分に歸つたやうな氣がする。
立派な永遠の法則に從つたやうに
同じやうな明るさと、
同じやうな靜かさが地平線の奧までひろがつて來る。
この靜さと光りの中に魂は安息と平和を得た。
永い苦るしみが忘られて、
自分等は行く道を見出したやうな氣がする。
古い地上の道は雪の中へ埋れて
新らしい道が空とぶ鳥のやうに自分等の胸に見出された。
自由と平等と安息と平和の道だ。
[#地から1字上げ](一九一七、一、二午後)

  小供

自分の小供は可愛相な程御世話燒きだ。
猫に袋をかぶしたり、ふろしきを冠せると
すぐとつてやらずにはゐられない
一生懸命になつてとらうとする
とれないと泣き出す
とつてしまつて猫を見ると非常に喜んで笑ふ。
今日も襖の明いて居たのを妻にしめさせると、
それが小供には氣に入らなかつた。
で又襖を明けさせた。
今度は自分で明けさせたと思つて? 泣き出した。
それが胸の中から一生懸命である。
氣にして居るのだ。
本能的にするのだ。
變つた事が恐いのだ。
危險な事が嫌ひなのだ。そのまゝ無邪氣な事が好きなのだ。
自分の小供は生れて未だ一年になつた許りだ。
小供は實に潔白だ。いゝ加減な事が嫌ひである。
小供の氣に向かない事をさせるのは惡いと思ふ。
可愛相だ。大變心配する。
かう云ふ氣性を失はないで育つてくれると面白いと思ふ。
然し餘り可愛相な氣もする。
[#地から1字上げ](一七、九、八)

  靴を買ひに

御母さんに手をひかれて
小供は靴を買ひに行つた。
たつた二日で初めて買つたズツクの靴を破つてしまつたので。
今度はもう少しいゝのを買ひに。
白い洋服に麥藁帽、赤い靴下をはいて
ぬかるみを拾ひ/\チヨコ/\歩いて
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