キャシュキョのような拗音に属するものは多少あったかも知れないが、その数も少なく、また性質も違っていたかも知れない。「ン」のような音や、促音にあたるものもない。またパ行音もなく、カ°[#「カ」の半濁音]行音(ngで初まる音)も多分なかったであろう。ただし、以上述べたのは、当時、おのおの別々の音として意識せられ、文字の上に書きわけられているものの正式な発音であって、実際の言語においてはそれ以外の音が絶対に用いられなかったのではない。現に、「蚊」のごとき一音の語が、今日の近畿地方の方言におけるごとく「カア」と長音に発音せられたことは奈良朝の文献に証拠がある。けれども、正常な言語の音としては、以上のごときものであったろうと思われる。
二 第一期における音韻の変遷
奈良朝における音韻が以上のごとく八十七あったということは、奈良朝における文献の万葉仮名の用法から帰納したのであるが、奈良朝の文献でも、『古事記』だけにおいては、「も」の仮名にあたる万葉仮名に「母」と「毛」との二つがあり、それを用いる語にはそれぞれきまりがあって決して混同しない(「本」「者」「伴《トモ》」「思ひ」などの「も」には「母
前へ
次へ
全70ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
橋本 進吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング