ノ「ヒ」も「ミ」も、それぞれ二類ある中、四段連用形に用いられるものを「ヒ」の甲、「ミ」の甲とする。次に上二段活用にもまた「キ、ヒ、ミ」があらわれて来ます。
[#ここから二字下げて表]
カ行上二段活用ハ行上二段活用マ行上二段活用[#表ここまで]
 上二段では、未然形と連用形と命令形とに「キ、ヒ、ミ」がありますが、この「キ、ヒ、ミ」は、四段連用形に用いる「キ、ヒ、ミ」と同じ類のものを用いず、皆違った類のものを用います。四段連用形に用いるのを甲とすれば、それとは違った乙の類のものを用います。かようにして、「キ」の乙、「ヒ」の乙、「ミ」の乙という類が認められます。
 次に四段の命令形に「ケ、へ、メ」の仮名がありますが、これも十二の仮名のうちで、いずれも一つの仮名が二つの類にわかれて、四段命令形には、その中の一つの類がいつも用いられます。これを「ケ」の甲、「へ」の甲、「メ」の甲と仮に名づけておきます。同じ四段の已然形にも、「ケ、へ、メ」の仮名が出て来ますが、これは命令形の「ケ、へ、メ」と同じ類のものは決して用いず、きっとこれと違った類のものを用いて、この二つの間にはっきりした区別があります。この四段の已然形に用いるものを乙と名づけることとすれば、「ケ」の乙、「メ」の乙、「へ」の乙という類が認められるわけです。
 かように、「キ、ヒ、ミ」も「ケ、へ、メ」も皆一つ一つが二類に分れて、そのおのおのの類が皆違った発音であったと思われるのですが、それが皆甲乙の二つの類にわかれて、仮名の違いにかかわらず、同じ種類の活用の同じ活用形には、その甲類は甲類同志相伴って用いられ、乙類はまた乙類同志相伴って用いられているのであります。
 次に下二段活用ですが、ここにも「ケ、へ、メ」があらわれます。
[#ここから二字下げて表]
カ行下二段ハ行下二段マ行下二段[#表ここまで]
 下二段の未然形、連用形、命令形に「ケ、へ、メ」の仮名が出て来ますが、この仮名は四段已然形と同類のもので、すなわちいずれも「ケ、へ、メ」の乙の類を用いて、甲の類は決して用いません。すなわち、ここにも、乙類が相伴って同じ活用形に、あらわれて来ます。
 それから上一段活用には「キ、ヒ、ミ」の仮名があります。
[#ここから二字下げて表]
カ行上一段ハ行上一段マ行上一段[#表ここまで]
 上一段では、あらゆる活用形に「キ、ヒ、ミ」がありますが、その中、「キ」と「ミ」とはあらゆる活用形において皆同じ類が用いられ、活用形の違いによって、類がちがうことはありません。そしてその「キ」と「ミ」は、四段連用形に用いるものと同じ類で、すなわち「キ」の甲、「ミ」の甲を用います。ここでも同じ活用形には、違った仮名でも同じ甲類が相伴ってあらわれて来ることが見られます。ただここに疑問なのは「ヒ」であります。他の行では甲類の「キ」「ミ」が用いられているのに「ヒ」だけは乙類が用いられて、同種類の活用の同じ活用形には、甲乙二類の中、いつも同じ類のものがあらわれるという例を破っておりますが、よく見ると、ハ行上一段の語尾の「ヒ」を万葉仮名で書いた確実な例は、未然形と連用形とにしかないのでありまして、終止形以下は、奈良朝のものには仮名で書いた、まぎれのない例がないのであります。ただ訓でそう読んでいるだけであります。奈良朝においてハ行上一段活用の動詞としては「乾る」「嚏《ひ》る」の二語だけでありますが、それが活用した確かな例は、未然・連用の二つの活用形だけで、それにはどちらも「ヒ」の乙類の仮名が用いてあるのであります。それでは未然・連用に「ヒ」の乙類を用いる活用は他にないかというに、ちょうど上二段活用があります。さすれば、これらの語は、上二段活用でなかったかとも考えられるのでありますが、『日本書紀』巻七景行天皇十二年の条を見ると、「乾此云レ[#「レ」は返り点]賦」とあって「乾」を「フ」と読ませてあります。さすれば「乾」は「フ」と活用したとも考えられます。また私の考えでは『万葉集』巻十一の、
  我背児爾吾恋居者吾屋戸之草佐倍思浦乾来《ワガセコニワガコヒヲレバワガヤドノクササヘオモヒウラガレニケリ》(二四六五番)
の末の句の「浦乾来」を「うらがれにけり」と読んでいるのはどうも不適当と思われるのであって、これは「うらぶれにけり」と読むのが正当と思われます。さすれば「乾」を「ふれ」の仮名に用いているということになります。かように「乾」を「フ」と読んだり「フレ」と読んだりしたとすれば、それは「ヒ」「ヒ」「フ」「フル」「フレ」と活用したもので、すなわち上二段活用の語であったと考えられます。かような考を私は『国語国文』という雑誌の創刊号(昭和六年)に書いたことがありますが、私はこの考えが正しいものと考えているのであります。なお、私が雑誌に書いた時には気が附かなかったのでありますが、その後、宣長翁の『古事記伝』を見ますと、巻十七「塩盈珠塩乾珠《シホミツタマシホヒルタマ》」の条に「乾」の活用のことがありまして、「ヒ、フ、フル」と活用する語であると書いてあります。しかしそう読むと、今は余り耳遠いからして「ヒル」と訓《よ》んで置くといっているのであります。そうすると、宣長翁も上二段活用であったと考えておられたと思われます。私はそういうことには気が附かず私だけで調べた結果得た結論が宣長翁の説と偶然一致したのであります。以上のように考えて来ると、上一段にハ行の活用があったという証拠は全くなくなります。ハ行上一段がなかったとすれば、上一段の動詞においても、一つの仮名に二類の別のあるものは、すべて甲の類を用いるということが言えるのであります。
 以上申したような、或る仮名の甲類はいつも他の仮名の甲類と相伴い、乙類はいつも乙類と相伴って同じような場合に用いられるということは、活用以外の場合にも見られるのであります。例えば「タケ」(竹)なら「タケ」が「タカムラ」(篁)となって「ケ」が「カ」に変ります。これと同じような現象が「へ」にも見られる。「うへ」(上)が「うはば」(上葉)になる。「メ」も「マ」になります。「天《アメ》」が「天《アマ》」になる。こういう音の変化があります。この「カ」「ハ」「マ」にかわる「ケ」「へ」「メ」は、いずれも乙の類に属するもので、四段已然形と同じ形であります。また、「キ、ヒ、ミ」も「月《ツキ》」が「月夜《ツクヨ》」となり、「火《ヒ》」が「火中《ホナカ》」となり、「神《カミ》」が「神風《カムカゼ》」となり、「身《ミ》」が「むくろ」(骸)となり、「木《キ》」が「木立《コダチ》」になります。こんなに「ク(またはコ)、ホ、ム」などに変ずる「キ、ヒ、ミ」は、皆揃って乙類に属します(上二段の未然・連用と同音)。かような場合にも、同じ仮名の二つの類の中の或るきまった一つがいつも相伴って出て来るという現象があるのであります。
 十二の仮名の中、右に述べた「キ、ヒ、ミ、ケ、へ、メ」以外の「コ、ソ、ト、ノ、ヨ、ロ」においても大体、右のような現象があったらしく、やはり甲乙二類に分れるものと思われます。
 以上のような現象から考えて見ると、これらの仮名に属する各類は、それぞれ互いに違った音であったとは思われますが、甲と名づけた諸類、また乙と名づけた諸類には、その音同志の間に、音として何か共通のものがあったろうと思われるのであります。そうして活用の例から見ますと、甲と乙との違いは五十音図における同じ行の中での段の違いであるらしく思われます。四段の活用語尾の「カ、キ、ク、ケ」やカ変の活用語尾の「コ、キ、ク」が同じ行での段のちがいであると同様に、「ケ」の甲と「ケ」の乙とがカ行四段の命令形と已然形とにあらわれて来ますから、「ケ」の甲乙二類の別も、やはりカ行の中での段の違いであろうと考えられます。「キ」は、その甲と乙とが同じ語の活用語尾として用いられることはありませんが、四段においては、「キ」の甲が連用形として、未然形の「カ」、終止形の「ク」と共に同じ語の活用にあらわれて来ますし、「キ」の乙が、上二段活用の語尾として、終止形の「ク」と共にあらわれて来ますから、これもカ行の中の段の違いと思われます。その他「ヒ」「ミ」の甲乙二類もこれと同類に考えられます。そうすると、四段活用は実は古代では五段になります。
[#ここから二字下げて表]
カ行四段ハ行四段マ行四段[#表ここまで]
 そうして、十二の仮名はすべて甲乙の二類にわかれるのですから、すべてこれを五十音図式にまとめると次のようになります。
[#ここから二字下げて表]
ア行カ行サ行タ行ナ行ハ行マ行ヤ行ラ行ワ行[#表ここまで]
[#ここから著者注、五字下げ小文字]
濁音のある行は、濁音も同様であります。
『古事記』では「モ」も「モ(甲)」「モ(乙)」の二つにわかれます。
[#著者注ここまで]
 かように、カ行が最も多くって八段、ハ行・マ行がこれについで七段、ただし『古事記』では「モ」が甲乙に分れますから、マ行は八段になります。サ、タ、ナ、ラの四行は六段で、ア行とヤ行が五段、ワ行が四段となります。これを全部収めようとすれば、五十音図のように五段では足りず、八段にしなければならないことになります。しかし行によって段の多少がありますから、段の少ないものは穴をあけておくか、さもなければ、これまでの五十音図のように、同じ字を二箇所に出して穴をうめるかですが、活用の説明には同じ字を出した方が便利だろうと思います、
 さて、右の甲と乙との違いが、同じ行での段の違いであるとしたなら、その発音はどうかと言いますと、最初に来る子音、すなわちk、t、n、m、r、yなどの違いでなく、その次に来る音の違いであるということになります。最初の子音の次に来る音といえば、普通は母音ですから、例えばキの甲と乙との違いは、一方がkiであるとすれば、一方はiとちがった東北地方にあるような「イ」でも「ウ」でもない中間の母音i[#「i」はウムラウト]で、すなわちki[#「i」はウムラウト]であるとか、あるいはuiのような二重母音ですなわちkuiあるいはこれに近いkwiであるとか、あるいはiiのような二重母音で、すなわちkiiまたはこれに近いkyiであるとか、またはii[#最初の「i」はウムラウト]のような二重母音でkii[#「k」の直後の「i」はウムラウト]であるとかが考えられるのであります。
 かようなことは、支那語と比べてみても言えるのであります。万葉仮名は漢字音を仮《か》りて、日本語の音を写したものが沢山あります。漢字音は支那語でありますから、支那語の発音がわかれば、それで写した日本語の発音も大体見当がつく訳ですが、しかしこれは現代の支那語でなく古代の支那語ですから、その音を知るのはなかなか困難であります。けれども、古くから日本に用いられている『韻鏡《いんきょう》』という書物がありまして、これは古代の支那語の音を、日本の五十音図と同じ原理で、最初の子音の同じものは同じ行に、終の音の同じものは同じ段に並べて図にしたものですから、これによっても、古代支那語の音は或る程度まで知られるのであります。勿論、漢字の音を仮りて日本語の音を写した万葉仮名は、日本の或る一つの音を写すのに、いつでも同じ文字を用いるのではなく、いろいろ違った字を用いており、その文字の支那音は必ずしも同じでなく、いくらか違ったものがありますから、その漢字音からして、これで写した日本の音がどんなものであるかを考えるには、同じ音を写したいろいろの漢字の音を眺めわたして考えて見なければならないのであります。さて同じ仮名の甲乙二類に属する万葉仮名の中、漢字音によって日本の音を写したものを集めて、『韻鏡』などによってその古代支那音を考えて見ると、甲類に属するものと、乙類に属するものとの音の上の違いは、まず支那の韻の違いに当ります。韻というのは何かというと、最初の子音を除いて次の母音から後の部分がすなわち韻で、例えば、kangとlangとのangの部分、chinとminとのinの部分が韻に当ります。そ
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