tフェフォになっていたのではないかと思います。パピプペポと発音するのは、今でも沖縄の田舍に残っております。それからサ行の音でありますが、現代語では「サスセソ」の初の音はs音で、「シ」だけがshで初まります。shは「シャシュショ」の初の音と同じ音です。その古代の発音については色々の説があって、まだきまりません。「サシスセソ」とも、すべてsで初まって、「サ」「スィ」「ス」「セ」「ソ」であったとする説や、すべてshで初まって、「シャ」「シ」「シュ」「シェ」「ショ」であったとする説や、すべてts(現代のツの音の最初の音)ではじまって「ツァ」「ツィ」「ツ」「ツェ」「ツォ」であったとする説や、tsh(現代の「チ」の最初の音)ではじまって「チャ」「チ」「チュ」「チェ」「チョ」であったとする説などあります。それぞれ相当に根拠があって、実はまだ断定出来ないのであります。
 それから問題になるのは、前にしばしば述べました、普通の仮名で書き分けることの出来ない音のことであります。その中、「エ」に当る二つについては既に述べましたが、残る十二の仮名に当る二十四の音の問題です。これは非常にむずかしい問題で、まだ今日において解決し尽されていないのでありまして、私自身も多少説はもっておりますが決定的のものだとは思っておりませぬ。もっと研究しなければならないと思っているのであります。例えば「キ」にあたる万葉仮名が二類にわかれており、その各類はそれぞれ違った音を表わしておったものと思われますが、その一方の音は今日と同じ「キ」の音だと思われます。もう一つの音は、後になると他の一方と同じ「キ」の音になって、その間の区別がなくなるのですから、「キ」に似た音であったろうと思いますが、或る人は「キィ」(kyi)という音であったろうという説を立てております。或る人は「クヰ[#ヰは拗音扱いで小さな仮名を使用]」(kwi)という音であったと言っております。あるいは、ki[#「i」はウムラウト](i[#「i」はウムラウト]は東北地方にあるようなイとウの間の音)という発音ではないかと言っております。私はkii[#「k」の直後の「i」はウムラウト]という音ではなかったかとも考えておりますが、これはなかなかむずかしい問題で、私も研究が完結しておりませぬから決定的のことを申上げることは出来ませぬ。
 しかしこういうことを考えるについても、もう少しこれらの音がどういう場合にあらわれるかについて考えるがよかろうと思います。十三の仮名の中「エ」にあたる音の正体は既に判ったのでありますから「エ」を除いた十二の仮名について、もう少し考えておくことが必要だと思うのであります。そうして古典を読んだりする上においてもむしろその方が大切だと思います。
 「キ」にあたる万葉仮名が二類に分れていると言いましたが、この「キ」が二つに分れるといったのは、今日の我々に判りやすいように言ったのであります。実際は、古代に互いに違った二つの音があった。それが後になって一つの「キ」の音になって、「き」の字で書かれているのであります。これを後世から見れば、「き」の音が、古く二つの別の音に分れていて、別の万葉仮名で書かれているということになります。古代における事実としては、そんな二つの音があったということだけでありますが、後世の我々には、「き」が二つに分れていると言った方が解しやすかろうと思います。事実は右の通りです。
 さて、古代においては「キ」も「ヒ」も「ミ」もそれぞれ二つに分れているのであります。それらの音は勿論《もちろん》互いに違った別々の音であったということは判りますが、それではそれらの違った音同志の間に何らかの関係がなかったかという問題です。それについて面白いのは、文法に関したことであります。こういう仮名は、一切の場合において二つに分れているのでありまして、例えば「キ」なら「キ」は、語の初に用いられておっても終に用いられておっても中に用いられておっても、いやしくもこの「キ」が現れて来る限り、きっと「キ」にあたる二類の仮名の中のどれか一つが用いられるのです。ですから、活用する語の語尾に「キ」や「ヒ」や「ミ」が出て来ますが、その場合にもこれらの仮名の一つ一つに当る二類の中のどちらか一つがあらわれ、しかもいつもきまって同じ類のものがあらわれます。四段活用ですと、その活用語尾の中、前に述べた十二の仮名に関係のあるものはカ行とハ行とマ行であって、その活用語尾は次の通りです。
[#ここから二字下げて表]
カ行四段活用ハ行四段活用マ行四段活用[#表ここまで]
 この中、「キ、ヒ、ミ」と「ケ、へ、メ」とが十二の仮名に含まれていますが、四段の連用形として用いられるのは「キ」の二類の中の一つです。仮にこれを「キ」の甲と名づけます。同様
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