」にあたるので、両類の区別は普通の仮名で書き分けることが出来ないものであります。かような区別は、左の十三の仮名に当る万葉仮名にあるのであります。
エ、キ、ケ、コ、ソ、ト、ヌ、ヒ、ヘ、ミ、メ、ヨ、ロ
これだけの仮名に当る万葉仮名が、おのおの二つの類に分れているのであります。ここに挙げた仮名は、多くの万葉仮名を代表しているもので、つまり「エ」なら我々が「エ」と読んでいるあらゆる万葉仮名をさすものであって、その万葉仮名が二つの類に分れているのであります。それ故、「エ」はまたかような万葉仮名の二類を含んでいることになるのであります。「キ」もキと読む万葉仮名のたくさんのものが二つの類に分れておって、同じ類に属する万葉仮名はどれも同様に用いられるが、違った種類に属するものは決して同じには用いられないのであります。例えば「雪《ユキ》」のキには「伎」「企」「枳」などのどれを使ってもよく、「月《ツキ》」のキには「紀」「奇」などどれを使ってもよい。しかし「月《ツキ》」のキには「伎」「企」「枳」などは用いず、「雪《ユキ》」のキには「紀」「奇」などは用いないというように、きっぱり二つの類に分れている。仮名が二つに分れると同時にこれを用いる語も二つに分れて、「伎」「企」「枳」などを用いて「紀」「奇」などを用いない語「雪《ユキ》」「君《キミ》」「昨日《キノフ》」「明《アキラカ》」などと、「紀」「奇」などを用いて「伎」「企」「枳」などを用いない語「月《ツキ》」「霧《キリ》」「槻《ツキ》」などとの二つに分れるのであります。こういうことが『奥山路』に載っております。ところが、以上の十三の仮名における二種の別は、普通の奈良時代の書物にすべてこういう風にあるのでありますが、『古事記』においてはもう少し余計の区別がある。すなわち『古事記』においては、このほかにまだ「チ」と「モ」とがおのおの二類に分れているのであります。のみならず、これは明瞭に説いてはおりませぬけれども、『奥山路』の中に、仮名の類を分けて、それぞれその仮名を用いる語を分けて挙げた処を見ますと、他のものは皆二つに分けてありますが、『古事記』においては「ヒ」だけは三類に分けているのであります。すなわち「比《ヒ》」の類と「肥《ヒ》」の類と「斐《ヒ》」の類と、こういう風に三つに分けてあるので、「ヒ」だけは三つに分れると考えたらしいのです。これだけが、『古事記』の仮名の他と違った点であります。
さて右に挙げた十三の仮名に濁音のあるものがありますが、その濁音の仮名も清音と同じく二類に分れているのであります。たとえば「キ」と同じく「ギ」にも二種類あるのであります。ところで十三の仮名の中、濁音のあるのはキ、ケ、コ、ソ、ト、ヒ、ヘの七つでありますが、龍麿はそのうち「キ、コ、ト、ヒ、ヘ」の濁音が二類に分れていることを認めていますが、「ケ」と「ソ」の濁音だけは二類あることを認めず、すべて一類であるとしたのであります。
以上十三の仮名以外のものはどうかと言いますと、「いろは」の四十七の中、上に述べた十三の仮名以外のものは、例えば「か」なら「か」、「あ」なら「あ」はこれに当る万葉仮名は沢山ありますけれども、それは皆同じように用いられて区別なく、「か」とか「あ」とかの仮名に当る所にすべて通用する。すなわちそれは一つの類である。その濁音もすべて同様で、一つの仮名が一類をなすのであります。
以上挙げたものを総計すると、十三の仮名におのおの二類があるから二十六類、その濁音七つのうち、五つだけが二類にわかれ、二つはおのおの一類であるから濁音はすべて十二類、以上合計三十八類。次に清音四十七の内から右の十三を除いた三十四およびその濁音十三はおのおの一類であるから合計四十七類、これを前の合計と加えれば総計八十五類となります。つまり奈良朝のあらゆる万葉仮名は、以上八十五類に分れることになったのであります。なお『古事記』の仮名だと、他のものよりも「チ」と「モ」と「ヒ」がそれぞれ一類ずつ多いことになっていますから総計八十八類になります。
右の龍麿の研究は、その性質から言うと、仮名の通用するか通用しないかをしらべたものであります。同じ語が、いろいろの万葉仮名で書いてある例を集めて、どの仮名とどの仮名とが同じ所に用いられるかを調べ、同じ語の同じ部分を表わすために用いられるいくつかの万葉仮名は、互いに通用するものと認めて同類の仮名とし、そうでないものは互いに通用しないものと認めて異類の仮名として、あらゆる万葉仮名を類別した結果、すべて八十五類を得たのであります。これを普通の仮名、すなわち平仮名や片仮名とくらべてみると、普通の仮名の一つ一つが、この諸類の一つ一つに一致するものが多いけれども、かの十三の仮名およびその濁音の仮名は、一つが二つの類
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