、ことが出来るのであります。
 それから前に申しました通り、平安朝に入るとこういう特別の仮名の遣い分けは乱れて来たのでありますが、平安朝の初の暫《しばら》くの間はまだ多少混乱してはおりますが形の上においては大分保たれている。それから段々年代が降《くだ》るに従って混乱がひどくなって、実際の発音としては全然区別が出来なかったろうと思う位になっております。実際に発音が乱れるのは先であって、仮名の方は多少保守的のものでありますから、発音は乱れても仮名で書く場合には区別が遺《のこ》っていることが多いのであります。平安朝の初の内は、発音としてはなくなってしまったでしょうが、仮名の上には相当区別が見えるのであります。それで祝詞《のりと》のことです。これは『延喜式《えんぎしき》』に載っておりますが、その仮名を調べてみると、かの特別の仮名の遣いわけが相当正しいのであります。幾らか乱れたものもありますが、それは少数で、到底|延喜《えんぎ》時代に書かれたものとは思われませぬ。ところが『延喜式』というものは、御承知の通り、もと『貞観式《じょうがんしき》』というものがあってそれに改修を加えたもので、『貞観式』はまた『弘仁式《こうにんしき》』に基づいて出来たものであります。その『弘仁式』は、嵯峨《さが》天皇の弘仁年間に出来たもので、今は亡びてしまいましたけれども、幸にその目録だけが遺《のこ》っております。それを見ますと、その中に祝詞があったことがわかります。『貞観式』には祝詞はなかったのですから、『延喜式』を作る時に、『弘仁式』にあった祝詞をその中に収めたのではないかと思います。その万葉仮名において、かの特別の仮名の遣い分けが相当によく保たれているのは、平安朝の初、『弘仁式』を作る時に書いたものを、そのまま『延喜式』の中に入れたためではないかと考えております。
 先ずこれでもって私の講義を終ります。忙しいため十分|纏《まと》める暇もありませぬし、時間も足りなくて急いだものですから、不徹底な所があったろうと思います。これで終ることに致します。
(大尾)[#この「(大尾)」は行の最下部におく]
[#ここから著者注、二字下げ小文字]
講演速記であるため、読んでは意味の通じない所が多く、かなり手を加えたが、十分の暇を得なかったので、まだ不満足な所が少なくない。用字法や送仮名なども、大概もとのままにした
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