u異」はケの乙類と甲類とにわかれていて、決して同じではありませぬ。勿論、音も違っていたことと思われます。さすればこれは別の言葉であって、「朝にけに」の「けに」を「日にけに」の「けに」の意味に解釈することは出来ませぬ。
それから『万葉集』の訓を附ける時にもこれは役立つのであります。『万葉集』の第七巻の歌 (一二三九番)に「浄奚久」とあるのを「サヤケク」と訓してあります。「サヤケク」は浄《きよ》いという意味でありますから、これでよさそうでありますが、この「奚《ケ》」は「さやけく」の「け」とは仮名の類が違います。「さやけく」は「さやか」から出た語で、「明らか」「長閑《ノドカ》」「遙か」から出来た「明らけし」「長閑《ノド》けし」「遙けし」などと同じ種類のものですが、かような「カ」から転じた「ケ」は皆乙類の仮名を用いる例であります。しかるに、この「浄奚久」の「奚」は仮名の方から見ると甲類に属するのでありますから、「さやけく」と訓することは出来ないわけであります。それでこれは「きよけく」と訓すればよいのであります。「好《ヨ》けく」「無けく」「憂《ウ》けく」など形容詞の語尾の「け」は皆「ケ」の甲類の仮名を用いています。かように、「奚」がいかなる類に属するかによって「さやけく」と訓《よ》んだのは間違いで「きよけく」と訓まなければならぬときめることが出来るのであります。
それからもう一つは語源を考える場合に役立つことです。少なくとも語の起源について考える場合に、このことを考慮の外においてはならないのであります。例えば「神《カミ》」という語は「上」という意味の「かみ」から出たものであるという説があります。これは宣長翁の説ですけれども、宣長翁は『古事記』において、「ミ」に対して普《あまね》く「美」および「微」の字を用いた中に「神《カミ》」の「み」にはいつも「微」を用いて「美」を用いないということに気がつきながら、一般に「ミ」にあたる万葉仮名に二類の別があって「美《ミ》」と「微《ミ》」とはそれぞれ別の類に属して互いに混同することがないということをまだ明らかにしなかったために、「神《カミ》」の「ミ」と「上《カミ》」の「ミ」とを同じ仮名と考えて、かような語源説を立てられたものと思われます。しかし今日においては、「神」の「み」は「ミ」の乙類に属し「上」の「み」は甲類に属して互いに混同せず、奈
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