しいのが青い顔をして一人寝ていた。弟の室の裏手の庭は草が丈高くはえて入口には扉も何もなく、くずれかけた様な高い煉瓦塀には蔓草が這いまわり隣りの土人の家の大樹が陰鬱な影を落していた。院長などは非常に一生懸命尽して下さった。弟の身動きする度ギーギーなる竹の寝台を母はいたましがった。弟は台南で食べた西洋料理を思い出してしきりにほしがった。馴れぬ七月中ばの熱帯国の事故、只々氷をほしがった。枕元の金盥には重湯《おもゆ》とソップを水にひやしてあったが水は何度取り替えてもじきなまぬる湯の様になる。信光は母のすすめる重湯を嫌って
 みずう、みずう
と冷たいもの許りほしがった。この離れ島へ遠く死にに連れて来た様に思われる病人の為め出来る丈の事をしてやり度いと思っても金の山を積んでもここでは仕方がなかった。父は台南へむけ電報で氷を何十斤か何でも非常に沢山注文した。知事さんのコックに頼んで西洋料理を作らせた。其時許りは弟も非常に悦んだらしいけど、「信《のぶ》やお上り?」と聞いた母に、只うん[#「うん」に傍点]と二三度うなずいた丈けで、力ない目にじっ[#「じっ」に傍点]と洋食の皿をみつめたまま、
 あとで。と
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