男泣きに泣いた。母も泣いた、姉も私もないた……
 信はとうとうあの異境で死んでしまった。
 五寸四角位な白木の箱におさめられた遺骨は白の寒冷紗につつまれて、仏壇もない、白木の棚の上に安置された。信のおもちゃ[#「おもちゃ」に傍点]や洋服は皆棺に入れて一処にやいてしまった。
 せめて氷があったら心のこりはないのに……
と父母を嘆かしめた。その氷は信光の死後漸く台南からトロ[#「トロ」に傍点]で届いた。信の基隆で買ったあの汽車のおもちゃもサーベルも、あとから来た荷物の中から出て、また新らしく皆に追懐の涙を流させた。
 父は思出のたね[#「たね」に傍点]となるからとて、信のつねに着ていた、弁慶縞のキモノも水平服も帽もすべて眼につくものは皆焼き捨ててそこいらには信の遺物は何もない様にしてしまった。鍾愛おかなかった末子の死は、一家をどれ程悲嘆せしめたかわからなかった。
 姉と私とは毎日草花をとって来ては信の前へさし、バナナや、竜眼《りゅうがん》肉やスーヤー(果物)や、お菓子でも何でも皆信へおそなえした。
 父も母も多く無言で、母は外出などすこしもせず看護《みと》りつかれて、半病人の様なあおい顔を
前へ 次へ
全16ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
杉田 久女 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング