下げ終わり]
病は疾として我生きんと、生命の闘をよみ、病苦悩みの中から一切を俳句に打こみ安心境を見出すせん女氏。
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よき母でありたき願ひ夜半の冬 せん女
極月や婢やさしく己が幸 同
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何らの技巧もなく、松の樹の如き性格の一面に優しさをしみ出させ、
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母が手わざの葛布をそめて着たりけり せん女
わが編みて古手袋となりにけり 同
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この二句浮華軽佻ならぬ性格を確《しっか》りと出している。せん女氏は大正女流中の年長者、墨絵の如く葛布の如き手ざわりの句風である。
二十幾歳で早世したみさ子氏[#「みさ子氏」に傍点]は、其性白萩の如く優雅純真。足の固疾に対してもすこしの不平もなく、大正女流中唯一の年少処女俳人。
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雨ふれば雨なつかしみ菊に縫ふ みさ子
菊人形ときけど外出の心なく 同
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等花のさかりの年頃を引籠りがちに、只俳句を生命として暮し、ひたすら父母をたよる乙女心から父母をよめる句頗る多く、
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母に似し眉うれしけれ冬鏡 みさ子
炭ついでいつかしみ/″\と語りけり 同
木の芽雨母おうて傘まゐらせぬ 同
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等、一生を父母の慈愛に生き、すなおな落付をもて、女らしいしとやかな佳句をのこしている。
より江氏[#「より江氏」に傍点]は後期雑詠時代に一人舞台で、活躍していられる故、のちにゆずり、ただ
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枯菊に尚愛憎や紅と黄と より江
秋風にやりし子猫のたよりきく 同
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の二句に氏のデリケートな性格、あくどい悩や執着のないさらりとした明るさを見る。
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春菊にみより少き忌日かな 和香女[#「和香女」に傍点]
ひとりすむや行水の間を閂かけて すみ女[#「すみ女」に傍点]
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共にさみしい境遇心持をあらわし、
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寒菊にいぢけてをれば限りなし みどり
草箒木どれも坊主や返り花 同
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みどり女氏[#「みどり女氏」に傍点]の明るさ、元気よさがそのまま出ているし、
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願ひごとなくて手古奈の秋さみし かな女
足まげて見て涙こらえぬ秋のくれ 同
[#ここで字下げ終わり]
このかな女氏[#「かな女氏」に傍点]の句には、子のないものの或時の淋しさ。ものかたい母君にそだてられた家庭の婦人らしさ辛棒づよさが出ている。
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雛ゆづる子なくて淋しかざりおる 操女[#「操女」に傍点]
雁ないてその夜に似たり松の星 翠女[#「翠女」に傍点]
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前の句は石女《うまずめ》の淋しさを、後の句は亡き子の一周忌をいたむ母の涙の句である。
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さうめんや孫にあたりて舅不興 久女
貧しき群におちし心や百合に恥づ 同
貧しき家をめぐる野茨の月尊と 同
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田舎の旧家の複雑した家庭。境遇の矛盾。ノラともなりえず、ホ句に慰藉を求めては、貧しき家をめぐらす野茨の月の純真さに、すべてを忘れ、花衣の色彩の美しさにもこころひかるる、感じ易き久女。子ぼんのうの彼女は、
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風邪の子や眉にのび来しひたい髪 久女
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我子への愛着のふかさをうたっている。
境遇、個性、感情、心持の句についてはもっと詳しく記したいのであるが余り長くなるからすべてを省略する事とした。
[#地から1字上げ](昭和二年十月稿)
[#地から1字上げ](「ホトトギス」昭和三年二月)
底本:「杉田久女随筆集」講談社文芸文庫、講談社
2003(平成15)年6月10日第1刷発行
底本の親本:「杉田久女全集 第二巻」立風書房
1989(平成元)年8月発行
初出:「ホトトギス」
1928(昭和3)年2月
入力:杉田弘晃
校正:小林繁雄
2004年11月24日作成
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