終わり]

 春帯をときすてて崩れる如く座っている女と、その周囲の帯との色彩を写生し、柱にぬぎかけた花衣が、衣のおもみにずりおちて柱のもとにたくなっている妖艶さ。花見から戻ってきた女が、花衣を一枚一枚はぎおとす時、腰にしめている色々の紐が、ぬぐ衣にまつわりつくのを小うるさい様な、又花を見てきた甘い疲れぎみもあって、その動作の印象と、複雑な色彩美を耽美的に大胆に言い放っている。それから婦人でなくては親しめぬ材料の簪櫛指輪などの句。

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ざら/\と櫛にありけり花埃   みどり
稲刈るや刈株にうく花簪   菊女
春泥に光り沈みし簪かな   かな女
簪のみさしかえて髪や夜桜に   みさ子
茄子もぐや日をてりかへす櫛の峰   久女
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 一枚の櫛にざらざらうく花ぼこり。春泥にきらりとぬけおちて光り沈む銀簪。夜桜見にゆく乙女の簪。稲刈る女の花簪が刈株にういて引かかっている光景。いずれも女でなくては。

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簪よ櫛よさて世はあつい事   花讃女
笄も櫛も昔やちり椿   羽紅女
麦秋や櫛さへもたぬ一在所   花讃女
[#ここで字下げ終わり]

 花讃女のとりすました悟りがましい主観の少し厭味らしき。羽紅女の剃髪した時の感慨ぶかさ。麦秋の一村落の、おおまかさに比し近代句はいずれも写実で光景を出している。

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手袋ぬぐや指輪の玉のうすぐもり   静廼
ゆく春や珠いつぬけし手の指輪   久女
[#ここで字下げ終わり]

 (8)[#「(8)」は縦中横] 活動的描写[#「活動的描写」に傍点]
 此の時代の写生は殆どすべてが動的の写生句であるともいってよいが、

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よりそへどとてもぬるるよ夕立傘   みどり
葉鶏頭のいだゞきおどる驟雨かな   久女
風あらく石鹸玉とぶ早さかな   すみ女
襟巻のとんで長しや橋の上   あふひ
[#ここで字下げ終わり]

の如き夕立の激しさ、風のつよさをも説明ぬきの刹那的写生で活かしている。

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かるた札おどりおちけりはしご段   和香女
[#ここで字下げ終わり]

の如きも一枚のかるた札がはね飛ばされて梯子段を勢いよくおちてゆく瞬間の写生で有る。

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打水やずんずんいくる紅の花   静廼
[#ここで字下げ終
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