芙蓉、大輪の冬ばら、それぞれの性質を描き分けている。

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水嵩に車はげしや藤の花   多代女
うきことに馴れて雪間の嫁菜かな   すて女
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 多代女は、水嵩に水車が激しくめぐっている山川らしい風景。すて女は女性の苦労にたゆる辛棒づよさを雪間の嫁菜にふくませてよみ、藤、嫁菜は一幅の景なり、一句の主観を表現する一つの手段として取扱われている所、大正写生と異る。

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茸城や連り走る茸の傘   操女
松茸や地をかぎ歩く寺の犬   星布
初茸の香にふり出す小雨かな   智月
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 元禄の句、初茸は目にうつり来ず、小雨のふり出した茸山の感じをよみ、天明のは、地をかぎ歩るく寺の犬をつれ出して、茸狩の光景を描写し、大正の操女は、連り走る如く大小の茸が傘をならべてむれ生えている茸城を目に見る如く印象的に写生して、俳画の如き面白味を見せている。
 (5)[#「(5)」は縦中横] 人体の部分写生[#「人体の部分写生」に傍点]
 レオナルド・ダ・ヴィンチの名画、モナリザの永遠の謎の微笑を、唇、額、目という風に部分的にひきのばし研究した写真をかつて私は見た。その部分部分は美の極致をつくし、その綜合した顔面は何人も模倣し能わぬ千古の謎のほほえみを形成するのであった。
 大正女流俳句も亦、人体の部分写生をしている。而もこれを綜合して永遠の謎の微笑の美しさをのこすや否やは未知数に属するが、かかる人体の部分的写生は昔に見ない所である。

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桜餅ふくみえくぼや話しあく   みさ子
夏瘠や粧り濃すぎし引眉毛   和香女
夏瘠や頬もいろどらず束ね髪   久女
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 桜餅をふくみ靨《えくぼ》を頬にきざむあどけなさ。一句の中心は季題の桜餅ではなくてえくぼである。次に引眉毛の濃い粧りは夏やせの顔をややけわしく見せ、頬も色彩らぬつかね髪の年増女。之等の句ただ顔面のみを極力描き出している。

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笑みとけて寒紅つきし前歯かな   久女
鬢かくや春眠さめし眉重く   同
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 寒紅の句は女性の美しい笑というものを取扱ったもので、笑みとけた朱唇と寒紅のついた美しい歯とが描かれてある。

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元ゆいかたき冬夜の髪に寝たり
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