しかし初学者がもし自らの技量も個性もわすれてやたらにかかる主観を真似て作るのは甚だ危険であるから、やはり万人の辿る写生道を歩む方が無難であろう。よい主観は、絶えず自然を凝視する事によって、つちかわれる。

[#天から2字下げ]さげ髪にして床にあり風邪の妻  波津女

 淡く化粧《けわ》いさえしている若い風邪の妻は、ゴミゴミした世帯やつれの古妻の病気とは違い、清艶な感じがする。
 葵の上や、病める紫の女王が、美しく面やせて、長い黒髪をはらはらと机の上に匂わせつつ打ふしている、ろうたけた様は物語りにかかれた几張のかげの美女。これは近代の若妻で写し出される場面も全然異なっているが、若い女性の美と、黒髪というもののかもし出す匂いが、クラシック好きの私に一寸王朝の面影を感じさせる。女らしい句である。
[#地から1字上げ](「花衣」創刊号 昭和七年三月)



底本:「杉田久女随筆集」講談社文芸文庫、講談社
   2003(平成15)年6月10日第1刷発行
底本の親本:「杉田久女全集 第二巻」立風書房
   1989(平成元)年8月発行
初出:「花衣 創刊号」
   1932(昭和7)年3月

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