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満天の綺羅星をいただいて咲きみてる桜のけだかさ。灯を配した花の句は多いいが、ここには人間的な争閨[#「閨」に「ママ」の注記]も、愛慾も、小自我もない。只輝く星と咲き匂う花の雲と。星がまたたけば花もゆらぐ。星を仰ぎ花の美にうたれる時、吾人の心中一点の曇りもなく、只自然の悠久。花の生命がうつるのみ。
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ざら/\と櫛にありけり花埃 みどり女
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これは、又前句の清浄な人間離れした境地と違い、花見の群衆のほこりっぽさをあびて、髪も櫛の歯もざらざらと、花埃をつけている。人間臭い、風景である。
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花の前に顔はづかしや旅衣 園女
旅づかれ庭の桜にやる目かな より江
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元禄の句は、相変わらず主観を重く出し現代句は感情をあらわにせず、それとなく叙景にうらづけている。
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京にすみながら桜も咲きながら 桃子
こもりゐや花なき里にすみなれて より江
草庵を結んで花に置炬燵 あふひ
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花の京にすみながら、しかも花の盛りであるのに、自分丈は病身か何かの事情で花見にも行けず、幽鬱とも不平とも云いしれぬ淋しさが、感じたままに言い放った言外にあふれている。花さく頃の悩ましく感じ易い若い女性のもだえをよみ出ている。一方、こもりいの花なき里にも住みなれて、よその花を探ねんとも願わず、安住する心易さ。或は草庵を結んで、さく花に置炬燵をたのしむ心もちの深さ、落付き。これらの句は作者の境涯からにじみ出た句で安身の影さえうかがわれる。
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井のはたの桜あぶなし酒の酔 秋色
酔ふ人を花の俥へ総がかり みどり女
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上野清水堂の秋色桜は枯れてしまったが、此句はひろく後世に喧伝されている。酔いしれた人を総がかりで花かげの俥に乗せつけている近代句に比して秋色の句、才気ほとばしり、当時では秀吟であったらしいが、桜あぶなし[#「桜あぶなし」に傍点]という所、危い技巧の山とも見えて、秋色桜を脚本としてかきおろされる筋の面白味は充分あるけど、句としては従来余りに高く評価されすぎている様に思う。
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夕庭に牡丹桜のゆらぎかな より江
桜花風に動かぬ重たさよ
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