の天水桶の辺につれていって残りの雪片をさし示した。
顔見知りの茶店の亭主は、すぐかまの下を焚き出した。ここから見る久住は一層すばらしい。私は禰宜さんと一緒にあつい番茶をすすり、六助餅をたべながら、霧氷の話をきいた。
日輪は曇って、まだ二時過ぎたばかりなのに山頂は夕暮のようにうそ寒く、四山は枯色をしていかにも初冬が眼の前に迫ってきたのを感じさせられる。人なつかしげに語る茶屋男と禰宜さんたった二人を山上に残して私はかけ下りる様にとっとと下山した。十一月の末にはもう山上の日子《ひこ》の宮には禰宜も登らず、茶店もとじてしまうそうな。(英彦山は天照大神のみ子天忍穂耳尊天降りの地という)
私は三時に奉幣殿に下りてきて、今年最終の英彦山詣りを無事にすました。
天狗のすむという豊前坊の窟。鷹巣原の枯すすき。とろろ汁。春は鶯谷の鶯。山ほととぎす。彦山葛。土の鈴。彦山名物はざっとこんなものである。
(附記)彦山はほんとによい山だ。山陽も、「彦山真に秀彦也」とうたっている。之は山陽の誇張丈でなく、山陽は耶馬渓から守実ごしに、彦山の紅葉を賞し、彦山の秀彦たるところをきっと感じたに違いない。南岳をよじる時私は、たしかにそう感じた。南岳の原生林をぬける時の深山らしい感じは、上宮道にはない。三山をきわめてはじめて彦山の真価はわかる。
[#地から1字上げ](発表誌年月未詳)
底本:「杉田久女随筆集」講談社文芸文庫、講談社
2003(平成15)年6月10日第1刷発行
底本の親本:「杉田久女全集 第二巻」立風書房
1989(平成元)年8月発行
入力:杉田弘晃
校正:小林繁雄
2004年11月24日作成
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