膝を打つて、これでいゝ、その儘でいゝ、生じつか直したりなんぞせぬ方がいゝ、とかう仰有《おつしや》る。
 自分は少し氣味が惡かつたが、いゝと云ふのを怒る譯にも行かず、と云ふものゝ、内心少しは嬉しくもあつたさ。それは兎に角、圓朝ばりであるから無論言文一致體にはなつてゐるが、茲にまだ問題がある。それは「私が……で厶います」調にしたものか、それとも、「俺はいやだ」調で行つたものかと云ふことだ。坪内先生は敬語のない方がいゝと云ふお説である。自分は不服の點もないではなかつたが、直して貰はうとまで思つてゐる先生の仰有る事ではあり、先づ兎も角もと、敬語なしでやつて見た。これが自分の言文一致を書き初めた抑もである。
 暫くすると、山田美妙君の言文一致が發表された。見ると、「私は……です」の敬語調で、自分とは別派である。即ち自分は「だ」主義、山田君は「です」主義だ。後で聞いて見ると、山田君は始め敬語なしの「だ」調を試みて見たが、どうも旨く行かぬと云ふので「です」調に定めたといふ。自分は始め、「です」調でやらうかと思つて、遂に「だ」調にした。即ち行き方が全然反對であつたのだ。
 けれども、自分には元來文章の
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