トいる。ああ、家《うち》は彼下《あのした》だ……と思う時、始めて故郷を離れることの心細さが身に染《し》みて、悄然《しょんぼり》としたが、悄然《しょんぼり》とする側《そば》から、妙に又気が勇む。何だか籠のような狭隘《せせこま》しい処から、茫々と広い明るい空のような処へ放されて飛んで行くようで、何となく心臓の締るような気もするが、又何処か暢《のん》びりと、急に脊丈が延びたような気もする。
 こうした妙な心持になって、心当《こころあて》に我家の方角を見ていると、忽ち礑《はた》と物に眼界を鎖《とざ》された。見ると、汽車は截割《たちわ》ったように急な土手下を行くのだ。

          二十五

 申後れたが、私は法学研究のため上京するのだ。
 其頃の青年に、政治ではない、政論に趣味を持たん者は幾《ほと》んど無かった。私も中学に居る頃から其が面白くて、政党では自由党が大の贔負《ひいき》であったから、自由党の名士が遊説《ゆうぜい》に来れば、必ず其演説を聴きに行ったものだ。無論板垣さんは自分の叔父さんか何ぞのように思っていた。
 実際の政界の事情は些《ちッ》とも分っていなかった。自由党は如何《どう》いう政党だか、改進党と如何《どう》違うのだか、其様《そん》な事は分っているような風をして、実は些《ちッ》とも分っていなかったが、唯|初心《うぶ》な眼で局外から観ると、何だか自由党の人というと、其人の妻子は屹度《きっと》饑《うえ》に泣いてるように思われて、妻子が饑《うえ》に泣く――人情忍び難い所だ。その忍び難い所を忍んで、妻や子を棄てて置いて、而《そう》して自分は芸者狂いをするのじゃない、四方に奔走して、自由民権の大義を唱《とな》えて、探偵に跟随《つけ》られて、動《やや》もすれば腰縄で暗い冷たい監獄へ送られても、屈しない。偉いなあ! と、こう思っていたから、それで好きだった。
 好きは好きだったが、しかし友人の誰彼《たれかれ》のように、今直ぐ其真似は仕度《した》くない。も少し先の事にしたい。兎角理想というものは遠方から眺めて憧憬《あこが》れていると、結構な物だが、直ぐ実行しようとすると、種々《いろいろ》都合の悪い事がある。が、それでは何だか自分にも薄志弱行《はくしじゃっこう》のように思われて、何だか心持が悪かったが、或時何かの学術雑誌を読むと、今の青年は自己の当然修むべき学業を棄てて
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