ト》で、蒼白い、淋しい面相《かおだち》の、好《い》い女だ……と思った。年頃は二十五六……それとも七か……いや、八か……女の歳は私には薩張《さっぱり》分らない。もう羽織はなしで、紬《つむぎ》だか銘仙だか、夫とも更《もッ》と好《い》い物だか、其も薩張《さっぱり》分らなかったが、何《なに》しても半襟の掛った柔か物で、前垂《まえだれ》を締めて居たようだった。障子を明けると、上目でチラと私の面《かお》を見て、一寸《ちょっと》手を突いて辞儀をしてから、障子の影の膳を取上て、臆した体もなくスルスルと内へ入って来て、「どうもお待せ申しまして」、といいながら、狼狽《まごまご》している私の前へ据えた手先を見ると、華奢《きゃしゃ》な蒼白い手で、薬指に燦《きら》と光っていたのは本物のゴールド、リングと見た。正可《まさか》鍍金《めッき》じゃ有るまい、飯櫃《めしびつ》も運び込んでから、
「お湯はございますか知ら。」
 と火鉢の薬鑵《やかん》を一寸《ちょっと》取って見て、
「まだ御座いますようですね。じゃ、お後《あと》にしましょう。御緩《ごゆっ》くりと……」
 と会釈して、スッと起《た》った所を見ると、スラリとした後姿《うしろつき》だ。ああ、好《い》い風《ふう》だ、と思っている中《うち》に、もう部屋を出て了って、一寸《ちょっと》小腰を屈《かが》めて、跡を閉めて、バタバタと廊下を行く。
 別段|異《かわ》った事もない。小娘でないから、少しは物慣れた処もあったろうが、其は当然《あたりまえ》だ。風《ふう》に一寸《ちょっと》垢脱《あかぬけ》のした処が有ったかも知れぬが、夫《それ》とても浮気男の眼を惹《ひ》く位《ぐらい》の価値で大した女ではなかったのに、私は非常に感服して了った。尤も私の不断接している女は、厭にお澄しだったり、厭に馴々《なれなれ》しかったりして、一見して如何にも安ッぽい女ばかりだったから、然ういうのを看慣《みな》れた眼には少しは異《ちが》って見えたには違いない。
 何物だろうと考えて見たが、分らない。或は黒人《くろうと》上りかとも思ってみたが、下町育ちは山の手の人とは違う。此処のお神さんも下町育ちだと云う。そういえば、何処か様子に似た処もある。或は下町育ちかも知れぬとも思った。
 素性は分らないが、兎に角面白そうな女だから、此様《こん》なのを味わったら、女の真味が分るかも知れん。今に膳を下
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