フを、あやふやな理想や人生観で紛《まぎ》らかして、高尚めかしてすじり捩《もじ》った物であったように記憶する。自惚《うぬぼれ》は天性だから、書上げると、先ず自分と自分に満足して、これなら当代の老大家の作に比しても左《さ》して遜色《そんしょく》は有るまい、友に示《み》せたら必ず驚くと思って、示《み》せたら、友は驚かなかった。好《い》い処もあるが、もう一息だと言う様なことをいう。私は非常に不平だった。が、局量の狭い者に限って、人の美を成すを喜ばぬ。人を褒《ほめ》れば自分の器量が下るとでも思うのか、人の為《し》た事には必ず非難《けち》を附けたがる、非難《けち》を附けてその非難《けち》を附けたのに必ず感服させたがる。友には其癖があったから、私は友の評を一概に其癖の言わせる事にして了って、実に卑劣な奴だと思った。
何とかして友に鼻を明《あか》させて遣《や》りたい。それには此短篇を何処かの雑誌へ載せるに限ると思った。雑誌へ載せれば、私の名も世に出る、万一《ひょっと》したら金も獲《え》られる、一挙両得だというような、愚劣な者の常として、何事も自分に都合の好《い》い様にばかり考えるから、其様《そん》な虫の好《い》い事を思って、友には内々《ないない》で種々《いろいろ》と奔走して見たが、如何《どう》しても文学の雑誌に手蔓《てづる》がない。其中《そのうち》に或人が其は既に文壇で名を成した誰《たれ》かに知己《ちかづき》になって、其人の手を経て持込むが好《い》いと教えて呉れたので、成程と思って、早速|手蔓《てづる》を求めて某大家の門を叩いた。
某大家は其頃評判の小説家であったから、立派な邸宅を構えていようとも思わなかったが、定めて瀟洒《しょうしゃ》な家《うち》に住って閑雅な生活をしているだろうと思って、根岸《ねぎし》の其宅を尋ねて見ると、案外見すぼらしい家《うち》で、文壇で有名な大家のこれが住居《すまい》とは如何《どう》しても思われなかった。家《うち》も見窄《みすぼ》らしかったが、主人も襟垢《えりあか》の附た、近く寄ったら悪臭《わるぐさ》い匂《におい》が紛《ぷん》としそうな、銘仙《めいせん》か何かの衣服《きもの》で、銀縁眼鏡《ぎんぶちめがね》で、汚い髯《ひげ》の処斑《ところまだら》に生えた、土気色をした、一寸《ちょっと》見れば病人のような、陰気な、くすんだ人で、ねちねちとした弁で、面《かお
前へ
次へ
全104ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング