ゥら、
「……にもお芋があって?」
「有りますとも。」
「じゃ、帰っても不自由はないわねえ。」
 と又|微笑《にっこり》する。
 私も高笑いをした。雪江さんの言草が可笑《おかし》かったばかりじゃない。実は胸に余る嬉しさやら、何やら角《か》やら取交《とりま》ぜて高笑いしたのだ。
 それから国の話になって、国の女学生は如何《どん》な風をしているの、英語は何位《どのくらい》の程度だの、洋楽は流行《はや》るかのと、雪江さんは其様《そん》な事ばかり気にして聞く。私は大事の用を控えているのだ。其処《それどころ》じゃないけれど、仕方がないから相手になっていると、チョッ、また松の畜生《ちくしょう》が邪魔に来やがった。

          三十八

 松が来て私はうんざりして了ったが、雪江さんは反《かえ》って差向《さしむかい》の時よりはずみ出して、果は松の方へ膝を向けて了って、松ばかりを相手に話をする。私は居るか居ないか分らんようになって了った。初は少からず不平に思ったが、しかし雪江さんを観ているのには、反て此方が都合が好《い》い。で、母屋《おもや》を貸切って、庇《ひさし》で満足して、雪江さんの白いふッくりした面《かお》を飽かず眺めて、二人の話を聴いていると、松も能《よ》く饒舌《しゃべ》るが、雪江さんも中々負ていない。話は詰らん事ばかりで、今度開店した小間物屋は安売だけれど品《しな》が悪いの、お湯屋《ゆうや》のお神さんのお腹がまた大きくなって来月が臨月だの、八百屋の猫が児を五疋生んで二疋喰べて了ったそうだのと、要するに愚にも附かん話ばかりだが、しかし雪江さんの様子が好《い》い。物を言う時には絶えず首を揺《うご》かす、其度にリボンが飄々《ひらひら》と一緒に揺《うご》く。時々は手真似もする。今朝|結《い》った束髪がもう大分乱れて、後毛《おくれげ》が頬を撫《な》でるのを蒼蠅《うるさ》そうに掻上《かきあ》げる手附も好《い》い。其様《そん》な時には彼《あれ》は友禅メリンスというものだか、縮緬《ちりめん》だか、私には分らないが、何でも赤い模様や黄ろい形《かた》が雑然《ごちゃごちゃ》と附いた華美《はで》な襦袢《じゅばん》の袖口から、少し紅味《あかみ》を帯びた、白い、滑《すべっ》こそうな、柔かそうな腕が、時とすると二の腕まで露《あら》われて、も少し持上《もちゃ》げたら腋の下が見えそうだと、気を揉ん
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