}《すべ》て閭巷猥瑣《りょこうわいさ》の事には能《よ》く通暁《つうぎょう》していて、骨牌《かるた》を弄《もてあそ》ぶ事も出来、紅茶の好悪《よしあし》を飲別ける事も出来、指頭で紙巻烟草《シガレット》を製する事も出来、片手で鼻汁《はな》を拭《ふ》く事も出来るが、その代り日本の事情は皆無解らない。
 日本の事情は皆無解らないが当人は一向苦にしない。啻《ただ》苦にしないのみならず、凡そ一切の事一切の物を「日本の」トさえ冠詞が附けば則《すなわ》ち鼻息でフムと吹飛ばしてしまって、そして平気で済ましている。
 まだ中年の癖に、この男はあだかも老人の如くに過去の追想|而已《のみ》で生活している。人に逢《あ》えば必ず先《ま》ず留学していた頃の手柄噺《てがらばなし》を咄《はな》し出す。尤《もっと》もこれを封じてはさらに談話《はなし》の出来ない男で。
 知己の者はこの男の事を種々《さまざま》に評判する。或《あるい》は「懶惰《らんだ》だ」ト云い、或は「鉄面皮《てつめんぴ》だ」ト云い、或は「自惚《うぬぼれ》だ」ト云い、或は「法螺吹《ほらふ》きだ」と云う。この最後の説だけには新知故交|統括《ひっくる》めて総起立、
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