ノ埋めて懊悩《おうのう》たる物思いに沈んだ。
 どうも気に懸る、お勢の事が気に懸る。こんな区々たる事は苦に病むだけが損だ損だと思いながら、ツイどうも気に懸ってならぬ。
 凡《およ》そ相愛《あいあい》する二ツの心は、一体分身で孤立する者でもなく、又仕ようとて出来るものでもない。故《ゆえ》に一方《かたかた》の心が歓ぶ時には他方《かたかた》の心も共に歓び、一方《かたかた》の心が悲しむ時には他方《かたかた》の心も共に悲しみ、一方《かたかた》の心が楽しむ時には他方《かたかた》の心も共に楽み、一方《かたかた》の心が苦しむ時には他方《かたかた》の心も共に苦しみ、嬉笑《きしょう》にも相感じ怒罵《どば》にも相感じ、愉快適悦、不平|煩悶《はんもん》にも相感じ、気が気に通じ心が心を喚起《よびおこ》し決して齟齬《そご》し扞格《かんかく》する者で無い、と今日が日まで文三は思っていたに、今文三の痛痒《つうよう》をお勢の感ぜぬはどうしたものだろう。
 どうも気が知れぬ、文三には平気で澄ましているお勢の心意気が呑込《のみこ》めぬ。
 若《も》し相愛《あいあい》していなければ、文三に親しんでから、お勢が言葉遣いを改め起
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