のは皆《みんな》破廉耻と極《きま》ッてもいないから……それを無暗《むやみ》に罵詈して……そんな失敬な事ッて……」
 ト些し顔を※[#「赤+報のつくり」、162−17]《あか》めて口早に云ッた。文三は益々腹立しそうな面相《かおつき》をして、
「それでは何ですか、本田は貴嬢の気に入ッたと云うんですか」
「気に入るも入らないも無いけれども、貴君の云うようなそんな破廉耻な人じゃ有りませんワ……それを古狸なんぞッて無暗に人を罵詈して……」
「イヤ、まず私の聞く事に返答して下さい。弥々《いよいよ》本田が気に入ッたと云うんですか」
 言様が些し烈《はげ》しかッた。お勢はムッとして暫《しば》らく文三の容子をジロリジロリと視《み》ていたが、やがて、
「そんな事を聞いて何になさる。本田さんが私の気に入ろうと入るまいと、貴君の関係した事は無いじゃ有りませんか」
「有るから聞くのです」
「そんならどんな関係が有ります」
「どんな関係でもよろしい、それを今説明する必要は無い」
「そんなら私も貴君の問に答える必要は有りません」
「それじゃア宜ろしい、聞かなくッても」
 ト云ッて文三はまた顔を背けて、さも苦々しそうに独語《ひとりごと》のように、
「人に問詰められて逃るなんぞと云ッて、実にひ、ひ、卑劣極まる」
「何ですと、卑劣極まると……宜う御座んす、そんな事お言いなさるなら匿《かく》したッて仕様がない、言てしまいます……言てしまいますとも……」
 ト云ッてスコシ胸を突立《つきだ》して、儼然《きッ》として、
「ハイ本田さんは私の気に入りました……それがどうしました」
 ト聞くと文三は慄然《ぶるぶる》と震えた、真蒼《まッさお》に成ッた……暫らくの間は言葉はなくて、唯恨めしそうにジッとお勢の澄ました顔を凝視《みつ》めていた、その眼縁《まぶち》が見る見るうるみ出した……が忽ちはッと気を取直おして、儼然《きッ》と容《かたち》を改めて、震声《ふるえごえ》で、
「それじゃ……それじゃこうしましょう、今までの事は全然《すッかり》……水に……」
 言切れない、胸が一杯に成て。暫らく杜絶《とぎ》れていたが思い切ッて、
「水に流してしまいましょう……」
「何です、今までの事とは」
「この場に成てそうとぼけなくッても宜いじゃ有りませんか。寧《いッ》そ別れるものなら……綺麗《きれい》に……別れようじゃ……有りませんか……」
「誰がとぼけています、誰が誰に別れようと云うのです」
 文三はムラムラとした。些し声高《こわだか》に成ッて、
「とぼけるのも好加減になさい、誰が誰に別れるのだとは何の事です。今までさんざ人の感情を弄《もてあそ》んで置きながら、今と成て……本田なぞに見返えるさえ有るに、人が穏かに出れば附上《つけあが》ッて、誰が誰に別れるのだとは何の事です」
「何ですと、人の感情を弄んで置きながら……誰が人の感情を弄びました……誰が人の感情を弄びましたよ」
 ト云った時はお勢もうるみ眼に成っていた。文三はグッとお勢の顔を疾視付《にらみつ》けている而已《のみ》で、一語をも発しなかった。
「余《あんまり》だから宜《い》い……人の感情を弄んだの本田に見返ったのといろんな事を云って讒謗《ざんぼう》して……自分の己惚《うぬぼれ》でどんな夢を見ていたって、人の知た事《こッ》ちゃ有りゃしない……」
 トまだ言終らぬ内に文三はスックと起上《たちあが》って、お勢を疾視付《にらみつ》けて、
「モウ言う事も無い聞く事も無い。モウこれが口のきき納めだからそう思ってお出《い》でなさい」
「そう思いますとも」
「沢山……浮気をなさい」
「何ですと」
 ト云った時にはモウ文三は部屋には居なかった。
「畜生……馬鹿……口なんぞ聞いてくれなくッたッて些《ちッ》とも困りゃしないぞ……馬鹿……」
 ト跡でお勢が敵手《あいて》も無いに独りで熱気《やッき》となって悪口《あっこう》を並べ立てているところへ、何時の間に帰宅したかフと母親が這入って来た。
「どうしたんだえ」
「畜生……」
「どうしたんだと云えば」
「文三と喧嘩《けんか》したんだよ……文三の畜生と……」
「どうして」
「先刻《さっき》突然《いきなり》這入ッて来て、今朝|慈母《おッか》さんがこうこう言ッたがどうしようと相談するから、それから昨夜《ゆうべ》慈母さんが言た通りに……」
「コレサ、静かにお言い」
「慈母さんの言た通りに云て勧めたら腹を立てやアがッて、人の事をいろんな事を云ッて」
 ト手短かに勿論自分に不利な所はしッかい取除いて次第を咄《はな》して、
「慈母さん、私ア口惜《くや》しくッて口惜しくッてならないよ」
 ト云ッて襦袢《じゅばん》の袖口《そでぐち》で泪《なみだ》を拭《ふ》いた。
「フウそうかえ、そんな事を云ッたかえ。それじゃもうそれまでの事だ。あんな
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