もんだから、それであんな貌をしているのサ。シカシ、アア澄ましたところは内海も仲々好男子だネ、苦味ばしッていて。モウ些しあの顋《あご》がつまると申分がないんだけれども、アハハハハ」
「オホホホ」
 ト笑いながらお勢はまた文三の貌を横眼で視た。
「シカシそうは云うものの内海は果報者だよ。まずお勢さんのようなこんな」
 ト、チョイとお勢の膝《ひざ》を叩《たた》いて、
「頗《すこぶ》る付きの別品、しかも実の有るのに想《おも》い附かれて、叔母さんに油を取られたと云ッては保護《ほうご》して貰《もら》い、ヤ何だと云ッては保護して貰う、実に羨ましいネ。明治年代の丹治《たんじ》と云うのはこの男の事だ。焼《やい》て粉《こ》にして飲んでしまおうか、そうしたら些《ちっ》とはあやかるかも知れん、アハハハハ」
「オホホホ」
「オイ好男子、そう苦虫を喰潰《くいつぶ》していずと、些《ちっ》と此方《こっち》を向いてのろけ給《たま》え。コレサ丹治君。これはしたり、御返答が無い」
「オホホホホ」
 トお勢はまた作笑いをして、また横眼でムッとしている文三の貌を視て、
「アー可笑しいこと。余《あんま》り笑ッたもんだから咽喉が渇いて来た。本田さん、下へ往ッてお茶を入れましょう」
「マアもう些と御亭主さんの傍《そば》に居て顔を視せてお上げなさい」
「厭《いや》だネー御亭主さんなんぞッて。そんなら入れて茲処《ここ》へ持ッて来ましょうか」
「茶を入れて持て来る実が有るなら寧《いっ》そ水を持ッて来て貰いたいネ」
「水を、お砂糖入れて」
「イヤ砂糖の無い方が宜い」
「そんならレモン入れて来ましょうか」
「レモンが這入《はい》るなら砂糖|気《け》がチョッピリ有ッても宜いネ」
「何だネーいろんな事云ッて」
 ト云いながらお勢は起上《たちあが》ッて、二階を降りてしまッた。跡には両人《ふたり》の者が、暫《しば》らく手持|無沙汰《ぶさた》と云う気味で黙然《もくぜん》としていたが、やがて文三は厭に落着いた声で、
「本田」
「エ」
「君は酒に酔ッているか」
「イイヤ」
「それじゃア些《すこ》し聞く事が有るが、朋友《ほうゆう》の交《まじわり》と云うものは互に尊敬していなければ出来るものじゃ有るまいネ」
「何だ、可笑しな事を言出したな。さよう、尊敬していなければ出来ない」
「それじゃア……」
 ト云懸けて黙していたが、思切ッて些し声を震わせて、
「君とは暫らく交際していたが、モウ今夜ぎりで……絶交して貰いたい」
「ナニ絶交して貰いたいと……何だ、唐突千万な。何だと云ッて絶交しようと云うんだ」
「その理由は君の胸に聞て貰おう」
「可笑しく云うな、我輩少しも絶交しられる覚えは無い」
「フン覚えは無い、あれ程人を侮辱して置きながら」
「人を侮辱して置きながら。誰が、何時、何と云ッて」
「フフン仕様が無いな」
「君がか」
 文三は黙然《もくねん》として暫らく昇の顔を凝視《みつ》めていたが、やがて些し声高《こわだか》に、
「何にもそうとぼけなくッたッて宜いじゃ無いか。君みたようなものでも人間と思うからして、即《すなわ》ち廉耻《れんち》を知ッている動物と思うからして、人間らしく美しく絶交してしまおうとすれば、君は一度ならず二度までも人を侮辱して置きながら……」
「オイオイオイ、人に物を云うならモウ些《ちっ》と解るように云って貰いたいネ。君一人位友人を失ッたと云ッてそんなに悲しくも無いから、絶交するならしても宜しいが、シカシその理由も説明せずして唯《ただ》無暗《むやみ》に人を侮辱した侮辱したと云うばかりじゃ、ハアそうかとは云ッておられんじゃないか」
「それじゃ何故|先刻《さっき》叔母や|お勢《カズン》のいる前で、僕に『痩《やせ》我慢なら大抵にしろ』と云ッた」
「それがそんなに気に障ッたのか」
「当前《あたりまえ》サ……何故今また僕の事を明治年代の丹治即ち意久地なしと云ッた」
「アハハハ弥々《いよいよ》腹筋《はらすじ》だ。それから」
「事に大小は有ッても理に巨細《こさい》は無い。痩我慢と云ッて侮辱したも丹治と云ッて侮辱したも、帰するところは唯《ただ》一の軽蔑《けいべつ》からだ。既に軽蔑心が有る以上は朋友の交際は出来ないものと認めたからして絶交を申出《プロポーズ》したのだ。解ッているじゃないか」
「それから」
「但《ただ》しこうは云うようなものの、園田の家と絶交してくれとは云わん。からして今までのように毎日遊びに来て、叔母と骨牌《かるた》を取ろうが」
 ト云ッて文三冷笑した。
「|お勢《カズン》を芸娼妓《げいしょうぎ》の如く弄《もてあす》ぼうが」
 ト云ッてまた冷笑した。
「僕の関係した事でないから、僕は何とも云うまい。だから君もそう落胆イヤ|狼狽《ろうばい》して遁辞《とんじ》を設ける必要も有るまい」
「フフウ|嫉
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