の種類さまざまありて辛酸甘苦いろいろなるを五味を愛憎する心をもて頭《アタマ》くだしに評し去るは豈《あに》に心なきの極ならずや我友二葉亭の大人《うし》このたび思い寄る所ありて浮雲という小説を綴《つづ》りはじめて数ならぬ主人にも一臂《いっぴ》をかすべしとの頼みありき頼まれ甲斐《がい》のあるべくもあらねど一言二言の忠告など思いつくままに申し述べてかくて後大人の縦横なる筆力もて全く綴られしを一閲するにその文章の巧《たくみ》なる勿論《もちろん》主人などの及ぶところにあらず小説文壇に新しき光彩を添なんものは蓋《けだ》しこの冊子にあるべけれと感じて甚《はなは》だ僭越《せんえつ》の振舞にはあれど只《ただ》所々片言|隻句《せっく》の穩かならぬふしを刪正《さんせい》して竟《つい》に公にすることとなりぬ合作の名はあれどもその実四迷大人の筆に成りぬ文章の巧なる所趣向の面白き所は総《すべ》て四迷大人の骨折なり主人の負うところはひとり僭越の咎《とが》のみ読人|乞《こ》うその心してみそなわせ序《ついで》ながら彼の八犬伝|水滸伝《すいこでん》の如き規摸の目ざましきを喜べる目をもてこの小冊子を評したまう事のなからんには主人は兎《と》も角《かく》も二葉亭の大人否小説の霊が喜ぶべしと云爾

  第二十年夏
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]春の屋主人
[#改ページ]

   第一編

     第一回 アアラ怪しの人の挙動《ふるまい》

 千早振《ちはやふ》る神無月《かみなづき》ももはや跡|二日《ふつか》の余波《なごり》となッた二十八日の午後三時頃に、神田見附《かんだみつけ》の内より、塗渡《とわた》る蟻《あり》、散る蜘蛛《くも》の子とうようよぞよぞよ沸出《わきい》でて来るのは、孰《いず》れも顋《おとがい》を気にし給《たま》う方々。しかし熟々《つらつら》見て篤《とく》と点※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]《てんけん》すると、これにも種々《さまざま》種類のあるもので、まず髭《ひげ》から書立てれば、口髭、頬髯《ほおひげ》、顋《あご》の鬚《ひげ》、暴《やけ》に興起《おや》した拿破崙髭《ナポレオンひげ》に、狆《チン》の口めいた比斯馬克髭《ビスマルクひげ》、そのほか矮鶏髭《ちゃぼひげ》、貉髭《むじなひげ》、ありやなしやの幻の髭と、濃くも淡《うす》くもいろいろに生分《はえわか》る。髭に続いて差
前へ 次へ
全147ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング