「ヤこれは飛でも無いことを云いなさる、唯チョイと……」
「チョイとチョイと本田さん、敢て一問を呈す、オホホホ。貴方は何ですネ、口には同権論者だ同権論者だと仰しゃるけれども、虚言《うそ》ですネ」
「同権論者でなければ何だと云うんでゲス」
「非同権論者でしょう」
「非同権論者なら」
「絶交してしまいます」
「エ、絶交してしまう、アラ恐ろしの決心じゃなアじゃないか、アハハハ。どうしてどうして我輩程熱心な同権論者は恐らくは有るまいと思う」
「虚言《うそ》仰しゃい。譬《たと》えばネ熱心でも、貴君のような同権論者は私ア大嫌《だいきら》い」
「これは御挨拶《ごあいさつ》。大嫌いとは情ない事を仰しゃるネ。そんならどういう同権論者がお好き」
「どう云うッてアノー、僕の好きな同権論者はネ、アノー……」
 ト横眼で天井を眺《なが》めた。
 昇が小声で、
「文さんのような」
 お勢も小声で、
「Yes《イエス》……」
 ト微《かす》かに云ッて、可笑しな身振りをして、両手を貌《かお》に宛《あ》てて笑い出した。文三は愕然《がくぜん》としてお勢を凝視《みつ》めていたが、見る間に顔色を変えてしまッた。
「イヨー妬《やけ》ます引[#「引」は小書き右寄せ]羨《うらや》ましいぞ引[#「引」は小書き右寄せ]。どうだ内海、エ、今の御託宣は。『文さんのような人が好きッ』アッ堪《たま》らぬ堪らぬ、モウ今夜|家《うち》にゃ寝られん」
「オホホホホそんな事仰しゃるけれども、文さんのような同権論者が好きと云ッたばかりで、文さんが好きと云わないから宜いじゃ有りませんか」
「その分疏《いいわけ》闇《くら》い闇い。文さんのような人が好きも文さんが好きも同じ事で御座います」
「オホホホホそんならばネ……アこうですこうです。私はネ文さんが好きだけれども、文さんは私が嫌いだから宜《いい》じゃ有りませんか。ネー文さん、そうですネー」
「ヘン嫌いどころか好きも好き、足駄《あしだ》穿《は》いて首ッ丈と云う念の入ッた落《おッ》こちようだ。些《すこ》し水層《みずかさ》が増そうものならブクブク往生しようと云うんだ。ナア内海」
 文三はムッとしていて莞爾《にっこり》ともしない。その貌をお勢はチョイと横眼で視て、
「あんまり貴君が戯談《じょうだん》仰しゃるものだから、文さん憤《おこ》ッてしまいなすッたよ」
「ナニまさか嬉《うれ》しいとも云えない
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