ん。されど其持前の上よりいわば意こそ大切なれ。意は内に在ればこそ外に形《あら》われもするなれば、形なくとも尚在りなん。されど形は意なくして片時も存すべきものにあらず。意は己の為に存し形は意の為に存するものゆえ、厳敷《きびしく》いわば形の意にはあらで意の形をいう可きなり。夫の米《べー》リンスキー[#ここから割り注]魯国の批評家[#ここで割り注終わり]が世間唯一意匠ありて存すといわれしも強ちに出放題にもあるまじと思わる。
形とは物なり。物動いて事を生ず。されば事も亦形なり。意物に見《あら》われし者、之を物の持前という。物質の和合也。其事に見われしもの之を事の持前というに、事の持前は猶物の持前の如く、是亦形を成す所以のものなり。火の形に熱の意あれば水の形にも冷の意あり。されば火を見ては熱を思い、水を見ては冷を思い、梅が枝に囀《さえ》ずる鶯の声を聞ときは長閑《のどか》になり、秋の葉末に集《すだ》く虫の音を聞ときは哀を催す。若し此の如く我感ずる所を以て之を物に負わすれば、豈《あ》に天下に意なきの事物あらんや。
斯くいえばとて、強ちに実際にある某の事某の物の中に某の意全く見われたりと思うべから
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