も無い、這《は》って行く外はない。咽喉《のど》は熱して焦《こ》げるよう。寧《いっ》そ水を飲まぬ方が手短に片付くとは思いながら、それでも若《も》しやに覊《ひか》されて……
這《は》って行く。脚《あし》が地に泥《なず》んで、一《ひ》と動《うごき》する毎《ごと》に痛さは耐《こらえ》きれないほど。うんうんという唸声《うめきごえ》、それが頓《やが》て泣声になるけれど、それにも屈《めげ》ずに這《は》って行く。やッと這付《はいつ》く。そら吸筒《すいづつ》――果して水が有る――而も沢山! 吸筒《すいづつ》半分も有ったろうよ。やれ嬉しや、是でまず当分は水に困らぬ――死ぬ迄は困らぬのだ。やれやれ!
兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘《かたひじ》に身を持たせて吸筒《すいづつ》の紐を解《とき》にかかったが、ふッと中心を失って今は恩人の死骸の胸へ伏倒《のめ》りかかった。如何にも死人《しびと》臭《くさ》い匂がもう芬《ぷん》と鼻に来る。
飲んだわ飲んだわ! 水は生温《なまぬる》かったけれど、腐敗しては居なかったし、それに沢山に有る。まだ二三日は命が繋《つな》がれようというもの、それそれ生理《せいり》心得草
前へ
次へ
全31ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング