遁《に》げようとするところを、誰家《どこ》のか小男、平生《つね》なら持合せの黒い拳固《げんこ》一撃《ひとうち》でツイ埒《らち》が明きそうな小男が飛で来て、銃劒|翳《かざ》して胸板へグサと。
何の罪も咎《とが》も無いではないか?
おれも亦同じ事。殺しはしたけれど、何の罪がある? 何の報いで咽喉《のど》の焦付《こげつ》きそうなこの渇《かわ》き? 渇《かわ》く! 渇《かわ》くとは如何《どん》なものか、御存じですかい? ルーマニヤを通る時は、百何十度という恐ろしい熱天に毎日十里|宛《ずつ》行軍したッけが、其時でさえ斯うはなかった。ああ誰《たれ》ぞ来て呉れれば好《い》いがな。
しめた! この男のこの大きな吸筒《すいづつ》、これには屹度《きっと》水がある! けれど、取りに行かなきゃならぬ。さぞ痛む事《こッ》たろうな。えい、如何《どう》するもんかい、やッつけろ!
と、這出《はいだ》す。脚《あし》を引摺《ひきず》りながら力の脱けた手で動かぬ体を動かして行く。死骸はわずか一間と隔てぬ所に在るのだけれど、その一間が時に取っては十里よりも……遠いのではないが、難儀だ。けれども、如何仕様《どうしよう》
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