ち》そうな目に遭《あ》おうも知《しれ》ぬ。随分|生皮《いきがわ》も剥《はが》れよう、傷《て》を負うた脚《あし》を火炙《ひあぶり》にもされよう……それしきは未《まだ》な事、こういう事にかけては頗る思付の好《い》い渠奴等《きゃつら》の事、如何《どん》な事をするか知《しれ》たものでない。渠奴等《きゃつら》の手に掛って弄殺《なぶりごろ》しにされようより、此処でこうして死だ方が寧《いっ》そ勝《まし》か。とはいうものの、もしひょッと是が味方であったら? えい山査子奴《さんざしめ》がいけ邪魔な! 何だと云ってこう隙間なく垣のように生えくさった? 是に遮《さえぎ》られて何も見えぬ。でも嬉やたった一ヵ所窓のように枝が透《す》いて遠く低地《ひくち》を見下される所がある。あの低地《ひくち》には慥《たし》か小川があって戦争|前《ぜん》に其水を飲だ筈。そう云えばソレ彼処《あすこ》に橋代《はしがわり》に架《わた》した大きな砂岩石《さがんせき》の板石《ばんじゃく》も見える。多分是を渡るであろう。もう話声も聞えぬ。何国《どこ》の語《ご》で話ていたか、薩張《さっぱり》聴分られなかったが、耳さえ今は遠くなったか。己《おの》れやれ是が味方であったら……此処から喚《わめ》けば、彼処《あすこ》からでもよもや聴付けぬ事はあるまい。憖《なまじ》いに早まって虎狼《ころう》のような日傭兵《ひやといへい》の手に掛ろうより、其方が好《い》い。もう好加減《いいかげん》に通りそうなもの、何を愚頭々々《ぐずぐず》しているのかと、一刻千秋の思い。死骸の臭気は些《いささか》も薄らいだではないけれど、それすら忘れていた位。
不意に橋の上に味方の騎兵が顕《あらわ》れた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々《きらきら》と、一隊|挙《すぐ》って五十騎ばかり。隊前には黒髯《くろひげ》を怒《いか》らした一士官が逸物《いちもつ》に跨《またが》って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後《うしろ》を捻向《ねじむ》いて、大声《たいせい》に
「駈足イ!」
「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お願いだ。助けて呉れえ!」
競立《きそいた》った馬の蹄《ひづめ》の音、サーベルの響、がやがやという話声に嗄声《しゃがれごえ》は消圧《けお》されて――やれやれ聞えぬと見える。
ええ情ないと、気も張も一|時《じ》に脱けて、パッタリ地上へひれ伏
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