四顧《みまわ》して、さてまたソッと帽子をかぶッて、大切な頭をかくしてしまった。「あぶなく忘れるところよ。それにこの雨だもの!」トまた欠伸。「用は多し、そうそうは仕切れるもんじゃない、そのくせややともすれば小言だ。トキニ出立は明日になッた……」
「あした!」ト少女はビックリして男の顔を視詰た。
「あした……オイオイ頼むぜ」ト男は忌々《いまいま》しそうに口早に言ッた。少女のブルブルと震えて差うつむいたのを見て。「頼むぜ『アクーリナ』泣かれちゃアあやまる。おれはそれが大嫌いだ」。ト低い鼻に皺を寄せて、「泣くならおれはすぐ帰ろう……何だばか気た――泣く!」「アラ泣はしませんよ」、トあわてて「アクーリナ」は言ッた、せぐりくる涙をようやくのことで呑みこみながら。しばらくして、「それじゃ明日お立ちなさるの。いつまた逢われるだろうネー」
「逢われるよ、心配せんでも。さよう、来年――でなければさらいねんだ。旦那は彼得堡《ペテルブルグ》で役にでも就きたいようすだ」、トすこし鼻声で気のなさそうに言ッて「ガ事に寄ると外国へ往くかもしれん」。
「もしそうでもなッたらモウわたしの事なんざア忘れておしまいなさるだろ
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