變まちがつた取扱ひを受けてをりました。第一は父からですし、その次はあなたからですよ。
ヘルマー 何をいふ? お前のお父さんと私から間ちがつた取扱ひだと?――あれほど深くお前を愛してゐた俺たちに?
ノラ (頭を振りながら)あなたは決して私を愛していらつしやつたのではありません。愛するといふことを慰みにしてお出でなすつたのです。
ヘルマー どうしたんだらう。隨分不條理な恩知らずのいひ方ぢやないか。お前はこの家へきて幸福だとは思はないか?
ノラ いゝえ、ちつとも、そんなことは思ひません。始めはさう思つてゐましたけれど、間違ひでした。
ヘルマー 幸福でなかつたと?
ノラ えゝ、面白をかしく暮らしてきたのです。あなたにはいつも親切にして頂きましたけれど、家は子供の遊び部屋でしかなかつたのですよ。その中で私は、あなたの人形妻になりました。丁度父の家で人形子になつてゐたのと同じことです。それから子供がまた順々に私の人形になりました。そして私が子供と一緒に遊んでやれば喜ぶのと同じやうに、あなたが私と遊んで下されば、私には面白かつたに違ひありません。それが私達の結婚だつたのですよ。
ヘルマー 大げさにい
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