、これ、お待ち(覗き込んで)そつちへ行つて何をするつもりだ?
ノラ (内から)人形の衣裳を脱ぎます。
ヘルマー (入口の所で)あゝ、さうおし。少し靜かにして落着くといゝさ。家の小鳥さん、じつとして休むがいゝ。俺の廣い翼の下でかばつてやるから(扉の傍をあちこち歩きながら)あゝ、實に美しい――平和な家庭だな。ノラ、かうしてゐさへすればお前は安全なものだ。鷹に追つかけられた鳩のやうなお前をかうやつて私が救つてゐてやる。今にその胸の動悸も靜めてやるよ。ノラ、今すぐ靜めてやるよ。全體どうして私はお前を追ひ出すの叱りつけるのと、そんな氣持になつたらう。ノラさんは生粹の男の胸中といふものを知るまい。男が自分の妻の過去を――率直に許した時の、その氣持といふものはいふにいへない美しい穩かなものだよ。女はその時から二重に男の持物になる。いはゞ二度生れ替つたやうなものだ。妻であると同時に子供になる。お前もこの後は私に對してさういふ關係になるよ。いゝかい、もう何も氣にかけないでお出で。たゞもうその胸を開いて、私に任せてゐれば、私がお前の意志にも良心にもなつてやる(ノラ、不斷着に着かへて入り來り、テーブルの方へ
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