かることなのだらう。
ノラ あなた、ランク先生をよぶことを忘れはなさらなくて?
ヘルマー 忘れちやつた。けれどもいゝよ。無論くるだらう。今日にもきたらさういはう。それからね、上等の葡萄酒を誂へて置いたぞ。私がどんなに今夜を待ち焦れてゐるか、お前には想像できまいね。
ノラ 私だつてさうですわ、子供がどんなにか嬉しがるでせう、ねえ。
ヘルマー あゝ、地位は固まるし、金は取れるし、素晴らしい勢だ。考へると實に愉快ぢやないか。
ノラ えゝ、すてきですわ。
ヘルマー お前去年のクリスマスのことを覺えてるかい。まる三週間も前から、お前は皆を驚かさうといふんで部屋に引込んだまゝ夜中過ぎになつても寢ないでクリスマス・ツリーの花だの色んな飾りだのを拵へたつけ、私はあの時ほど退屈したことはない。
ノラ 私はまた退屈するどころぢやあなかつたわ。
ヘルマー (笑ひながら)それで結果はどうかといふとまるで形なしでねえ。
ノラ あら、あなたは、またそんなことをいひ出して私をからかふつもり? だつて仕樣がなかつたんですもの。猫が入つてきてすつかり壞しちまつて。
ヘルマー さうだつたな、可愛さうに。お前は皆を喜ばせてやらうと思つて一生懸命になつたんだから、まあその志だけで澤山さ。とにかく去年は苦しかつたが、それが昔話になつたのは目出たいな。
ノラ ねえ、すてきですわね。
ヘルマー もう私もこゝに坐つて、獨りで退屈してる必要もなし、お前だつてその可愛らしい目や細つそりした指で夜通しかゝつてクリスマスの飾りをこしらへる必要もなしさ。
ノラ (手を打ちながら)えゝ、そんな必要もなくなりましたわねえ、全く考へるとすてきですわ(男の腕を取り)だから私、今日はあなたにお話しますわ、これから先どういふ風にやつて行くかといふ私の考へを、ね、クリスマスがすむと――(廊下の入口のベルが鳴る)ベルが鳴つてよ(室内を片づけながら)誰かきたんですよ、うるさいわね。
ヘルマー 俺は留守のことにして置くのだよ、忘れちやいけないよ。
エレン (室の入口で)奧さまご婦人の方がお出でになりまして、お目に掛りたいとおつしやいます。
ノラ 誰だらう? お通しして。
エレン (ヘルマーの方へ)それからお醫者さまも、いらつしやいました。
ヘルマー 書齋の方へか?
エレン はい。
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(ヘルマーは書齋に入る。エレンが旅行服姿のリンデン夫人を通して跡の扉をしめる)
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リンデン (おづ/\とためらひながら)ノラさん、お變りもなく。
ノラ (不審げに)お變りもなく。
リンデン お忘れなすつたでせうねえ。
ノラ はあ、つい――あ、さう/\――たしか――(俄に元氣づいて)まあどうしたんでせう、クリスチナさん! 本當にあなたでしたのね。
リンデン えゝ、私ですわ。
ノラ クリスチナさん、まあ、あなたを見忘れるなんてどうしたんでせう。だけどまるつきり――(一層柔かに)あなた隨分お變りになつてね。
リンデン えゝさうでせうとも。九年か十年の間。
ノラ お別れして、もうそんなになりますかねえ。さうね、さうなりますわ、あゝ、この八年ばかりは私本當に幸福でしたのよ。でかうしてあなたがいらして下すつて、よくまあ此の冬空に遙ばると出てらつしやつたわねえ。勇氣があるわ。
リンデン 今朝の汽船で着きました。
ノラ 樂しいクリスマスをしようと思つてでせう? よかつたわね。えゝ、愉快にやりませうよ。まあ、そんな物お取んなさい。冷えるでせう? (手傳ひながら)さあこれでいゝわ、火の側でゆつくり話しませうよ。いえ、あなた、その肱掛椅子におかけなさい。私はこの動く方がいいの(リンデンの兩手を取つて)なるほど、かうやつてみると、やつぱり昔の懷しい顏だわ。初めちよつと見た時には、さう思はなかつたけれど――たゞ少し顏色が昔よりか惡いやうよ、それから幾らかお痩せになつたんでせう。
リンデン それにね、お婆さんになつたんですよ。
ノラ さうね、幾らか年もお取りになつた――けどそんなぢやなくつてよ――ほんの少うしばかり(突然話を切り眞面目になつて)まあ、私なんといふうつかり者でせう。お喋りばかりしてゐて――クリスチナさん許して下さいね。
リンデン 何をです?
ノラ (柔らかに)あなた、お氣の毒ねえ、私忘れてゐた。未亡人にお成りになつたんでせう?
リンデン えゝ、あの人が亡くなつてから三年になります。
ノラ さう/\それでね、本當はね、手紙を差上げるつもりでしたの、ところが延ばし/\してる中に色んなことが起つたもんですから。
リンデン それはノラさん、よく承知してゐますよ。
ノラ いゝえね、申譯がないんですよ。でも本當にあなたはお可愛さうねえ。隨分色んな目におあひなす
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