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ノラ (忙しげに木を飾りながら)こゝは蝋燭にして向ふの方へ花をかける。あいつ本當に恐ろしい奴! 何でもない/\。何でもありやしない。クリスマス・ツリーをかうやつて飾つて貴方の氣にさへ入れば、私何でもしますわ。ねえ貴方、歌も歌ふ。踊もをどる。それから――
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(ヘルマーが一束の書類を持つて廊下の扉から入つて來る)
[#ここで字下げ終わり]
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ノラ あら! もう歸つてらしつたの?
ヘルマー あゝ、誰か來てゐたかえ?
ノラ 此處へ? いゝえ。
ヘルマー 變だな。クログスタットがこの家から出て行つたが。
ノラ お會ひなつたの? さう/\、何でしたつけ、ちよつとの間來てたのですよ。
ヘルマー ノラ、お前の樣子でちやんとわかるよ、彼奴め、お前に口をきかせようと思つて來たな!
ノラ えゝ。
ヘルマー で、お前はそれを自分の料簡一つでやらうと思つたのかい? お前は彼奴が此處にゐたことを知らせまいとしてゐるやうだが、それも彼奴の入智惠ぢやなかつたか?
ノラ えゝ、ですけどね――
ヘルマー ノラ! どうしてお前そんなことが出來るんだ! あんな奴と話をして約束までするなんて、それで私には嘘をついて、ごまかさうとする!
ノラ 嘘ですつて?
ヘルマー 誰も來ないといつたぢやないか(指で突く眞似をして)家の小鳥さんは二度とそんなことをいつちやいけないよ、小鳥が調子の違つた歌なんか囀つちや仕樣がない(片手に女を抱きながら)え、さうぢやないか――さうだらう、さうなくちやならない(女を放す)ぢや、もうそのことはいはないことにしようね(ストーヴの前に坐る)あゝ、靜かでいゝ氣持だな! (持つてゐる書類を覗き込む)
ノラ (クリスマス・ツリーに氣を取られてゐる。暫く默つてゐて)あなた!
ヘルマー え?
ノラ 私、本當に明後日のステンボルグさんの假裝舞踏會が待ち遠しいわ。
ヘルマー 私はまたお前がどんな趣向で私を驚かすだらうと、それが樂しみだよ。
ノラ 私も全く思案にあまつてゐるのよ。
ヘルマー どうして?
ノラ 幾ら考へても旨い思つきが出ないんですもの。何を考へてみても下らない、平凡なものばかりですから。
ヘルマー ノラさんがさういふ發見をしたんだな?
ノラ (夫の椅子の後から腕をもたせかけて)貴方、非常にお忙しくつて?
ヘルマー さうさな――
ノラ その書類は何のご用?
ヘルマー 銀行の用事だ。
ノラ もう?
ヘルマー 今度辭職する支配人と相談して少し役員の出し入れなんかさせて貰つたもんだからね。その方がクリスマス中かかるだらう。新年になるとすつかり片がつきさうだ。
ノラ ぢや、そのためですわ、可哀さうに、あのクログスタットが――
ヘルマー ふむ――
ノラ (尚、椅子の背の處によりかゝり、靜かに夫の髮の毛を掻きながら)貴方、餘り忙しくなかつたら本當にお願ひしたいことがあるんですけれどね。
ヘルマー 何だらう? いつてご覽。
ノラ 誰だつて、貴方ほど趣味の高い人はゐないんだから、私今度の假裝舞踏會には思ふ樣立派にして行きたいと思ふんですよ。で、貴方何ですか? 一緒にいらして私が何になればいゝか決めて衣裳を見立てゝ下さるわけにはいきませんか?
ヘルマー あはあ! 家の剛情屋さんが、途方にくれて悄《しよ》げ始めて來たね。
ノラ えゝ、どうかね。貴方がいらして下さらなくちやどうにもならないんですもの。
ヘルマー よし/\、考へてみよう、そのうち何か見《め》つかるさ。
ノラ まあよかつた。貴方親切ですわね! (またクリスマス・ツリーの方へ行く、立ち止る)赤い花がいいこと! ですけれどね、あなた、あのクログスタットが惡いことをしたといふのは、大變怖ろしいことなのでしたか?
ヘルマー 私文書僞造といふだけだがね、それはどんなことか知つてるかい?
ノラ 何か止むを得ない事情で、そんなことをしたんでせうね?
ヘルマー さうか、またはよくある奴でほんの不注意からそんなことになつたのかも知れない。俺は何も、それ一つの過失《あやまち》で絶對に人に難癖をつけるほど、冷酷ぢやないんだがね。
ノラ でせう? 私だつてさう思ひますわ。
ヘルマー たゞ自分の罪を白状して、それだけの刑罰を受けちまへば、それですつかり道徳上正しい人間になることが出來るんだが。
ノラ 刑罰ですつて?
ヘルマー 所がクログスタットは白状といふことをしなかつた。彼奴は小細工やごまかしで逃れようとした。それが彼奴を腐敗させてしまつたんだ。
ノラ あなた、それでは――?
ヘルマー ま、考へてもご覽! 一度惡いことを承知でさういふことをした奴は、一生涯嘘をついて眞面目な顏をしてゐなくちやならない。何もかもごまかして生きて行く。彼奴は自分の妻子にま
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