ッにて爲されたるものと有之候。この末文は事實に無之候。『ノラ』の發行せられて間もなく、これが飜譯者にしてまた北ドイツの諸劇場に對する小生の事務監督者たるベルリンのヴ※[#小書き片仮名ヰ、140−13]ルヘルム・ランゲ(Wilhelm Lange)氏より書面まゐり、それによれば、この劇の結末を變更したる一飜案が發行せらるゝのおそれあり、さすれば、北ドイツの諸劇場中には、多分その方を選びて興行するものあるに至るべしとのことに候ひき。
 かゝる出來事を防がんため、小生は絶對的に必要なる場合を慮り、結末の場を變更したるものをランゲ氏まで送附いたし候。即ちノラは家を去らずして、無理にヘルマーに連れられ子供等の室の前に來たり、ちよつとしたる臺詞ありて、戸のところにくづをるゝ、幕下る、といふ場面に御座候。この變更は、小生みづから、飜譯者まで書面にて申遣はし候通り、この劇に對する「野蠻なる暴行」として呪ひ居り候。この改作の場面を用ふるは全然小生の意志に背きたるものに御座候。ドイツ劇場の多くはこれを用ひざるべしと信じ候。
 ドイツとスカンヂネヴ※[#小書き片仮名ヰ、141−5]アとの間に文學上の便宜の存せざる限り、我々スカンヂネヴ※[#小書き片仮名ヰ、141−5]アの作家は當國の法律の保護を受くる能はず、ドイツの作家のスカンヂネヴ※[#小書き片仮名ヰ、141−6]アにおけるもまた同樣に御座候。從つて小生等の劇は、ドイツにおいては、飜譯者、劇場支配人、舞臺監督者及び小劇場の俳優等が暴行に委せられ居り候。小生の作がこの危險に瀕する場合には、小生は經驗の教ゆるところにより、暴行を小生みづから行ひて、もつて一層不注意未熟なる人々の手に取扱はれ飜案せらるゝことを避け申候。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]頓首
 當時ドイツでは一般にノラが家を去るのを批難してゐた爲にかやうなことが起こつたのである。

       六

『人形の家』の結末に對する世間の批難は、多く「いくら自分の教育の爲だつて妻が夫を棄てて家を出る法はない、ことに子供を棄てゝ出られるものではない、出た後のノラはどうするのだらう」といふのであつた。そこで、イブセンみづからの右の改竄をはじめとし、世間にもこの通俗的な要求を充たすために種々の作が『人形の家』を種にして現はれた。『後の人形の家』ともいふべき種類のものである
前へ 次へ
全19ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島村 抱月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング