。個性をもつものの美と森厳を自然はここに現わしていた。暫くして軒先に俥《くるま》の鈴がなった。[#「なった。」は底本では「なった」]
「女将さん、只今」
「只今」
 菊龍と富江が帰って来たのである。二人とも美しい女でもなく、すぐれた性格の持主でもなかった。ただ二人とも若かった。自然が与えるほんの一瞬の青春の尊さ。それは何時いかなる処においても光り、充ち、美しさに輝く。二人の女に若さは咲き乱れていた。自分がどういう歩みをよろめいているかを無論二人は知るまい。若さは苦しみであるべき行為をもなお快楽として酔わしめるものだ。
「随分遅かったじゃないの」
「そんなに遅いかしら」乱れた島田髷をそっと抑えて、自分の若々しさを誇るように菊龍は、薄桃色の単衣紋付を裾長に引きずりながらそこに立っていた。同じ華やかな草色に装った富江は、小声に口三味線をとなえて、菊龍と内密に笑み交わしていた。
「もう二時近いよ。早く着物を着替えてお湯へでもいっておいで」
 二人はそれには返事をしないで、帛紗《ふくさ》に包んだ花札を女将の前にさし出した。
「誰だったい」
「吉っちゃんに丹羽さんでしたの」
「そうかい。あんまりお
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