た》えた頬の肉付、唇の高貴さと力強さ――要するに和歌子の美が燃えていたのだ。しかし彼は「男子の気象」を失わないために痩我慢ではあったが、話を最後まで続けたのであった。その話をしている間じゅうの、あの抑えても抑えても脈々と湧き来る光、歓びの波よ、湧き立ち、充ち溢れる深い魂の高揚よ、彼は話を最後までやるぞ、という意識はあったが、話を終えてからいつ壇を下りたか、いつ壇を下りて席についたかは、うっとりとした輝きに充ちた緑金の夢心地であった。しかもその夢心地の彼に「吉倉和歌子さん」と呼ぶ先生の声が銀鈴のように鳴り響いた。何という偶然。彼の次に和歌子が話をする順番であるとは彼も知らなかったことだった。瞳を上げると、正面の教壇の上には荘厳な感じのする彼女が、藤紫の袴の前に右手をそっと当てて立っていた。窓から入る早春の微風は、彼女の髪のほんの二筋三筋のもつれをなぶり、藤紫の袴のひも[#「ひも」に傍点]が軽やかに揺れているのを彼女の指が無意識に抑える。彼女の崇厳な美しい燃える瞳は、彼の上にぴったり据えられ、弾力ある頬は熱情に紅《あか》らんでいる。ああ永遠なるひとときよ! 力に豊かな、ややふるえた和歌子の
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