殻格子の扉の前に立ったときお光はいまさらのように全身がひきしまるのを覚えた。色硝子をはめた中戸の内部には高価な下駄や足駄や雪駄の類が、裏返しになったり、横に転がったり、はねとばされたりしていっぱいに乱れていた。
主人というのは五十あまりの赤く禿げあがった頭顱《とうろ》に上品な白髪をまばらに生やした、油ぎった顔色の男であった。三尺四方の囲炉裡を控えた横座に坐って、熱く燗した卵酒を呷《あお》りながら主人は、細かいことはあとで家内が起きたら訊いてくれろ、心安い気で自分の家のようにして、家内の相談相手にもなってやってほしい、一人の息子さんがおありのようだが、土蔵の裏の離室《はなれ》が空いているから、そこを勉強室にした方がよかろう、と言った。思ったよりも苦労人らしい主人の言葉はお光には嬉しかった。隣の社の境内から朝日が静かに射しているのも嬉しいことの一つだった。
「それじゃ小母さん、離室へいきましょう。荷物はもうすっかり片付いていますから」
広い台所の板敷、中庭の木立を通る長廊下、土蔵の前を折れて横手の薄闇を白壁に沿って薄暗くなる。「小母さん、そこは湯殿よ」紅や紫や橙色の色硝子の横手の細い板
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