くさったのや、錆びた金属の破片などが残っていて、それが平一郎には淋しい空想の種となった。春、夏、秋、冬、平一郎が和歌子を忘られなくなってから、彼は幾度この丘に立って寂しい自分の心をいとおしがったであろう。また幾度、涙にぬれて、「偉くなる!」と叫んだことであろう。河縁には楢《なら》の木が密生して、百舌鳥《もず》が囀《さえず》っていた。平一郎は丘の上にのぼって、さて草原に腰を下した。和歌子も側に坐って、二人は幸福なこの夕暮の野の空気にひたっていた。ゆるやかにも流れひびく永遠の水の音よ、大空にじっと動かない白雲よ、ようやく迫る夕べの気配に、薄暗さを増した曠野の豊かな土の色調よ、ああ、しなやかに二人のためにしとね[#「しとね」に傍点]となる草原の草よ、楢の木林の蔭を、市街の裏手をよぎる鉄道馬車のラッパの音よ。さては今しも地平の彼方に没落しようとして、たゆとうている爛然たる、真紅の晩春の太陽よ――。和歌子はそっとさっきの水色の封筒を取り出した。
「今日、学校から帰ると深井の坊っちゃまがあなたのお手紙を下さいましてよ」
(深井の坊っちゃま)その坊っちゃまという言葉だけが今のこの世界でいけないと平一
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