の話が途切れたので、立って長四畳の机の方へ行こうとした。すると冬子が同じように立ち上って、「平一郎さん、ちょっとわたしの傍へ立ってごらん」と言った。平一郎は傍に立った。冬子は髪を結っているので高かったが、実際は一寸も違わなかった。「もうじきわたし位に成長《おお》きくなってしまうわね」と冬子は母と顔を見合わした。平一郎は(そうさ)というように壮快に笑って、冬子もすてきに美しいと思いながら机に向った。彼は、和歌子への手紙を深井に託したことの歓喜のあとに、異常な沈着さを感じて、代数の問題を考えていた。すると明日の日曜の朝の待遠しさが悪寒のように起きて来た。そして恥かしいことには、もし返事をくれなかったらという懸念さえが時々起こって仕様がなかった。
夕方、冬子は淋しそうに「さようなら」を言って帰っていった。彼女は母のお光に、彼女のいる春風楼の今いる裁縫師がお盆限り止めるので、その代りにお光が来たらどうかしらという話をしていった。そして母と何かひそ/\話しながら、「そう、それがいいわね」などと言っていたのだ。冬子に対して何故か傲慢じみた態度に出てしまう平一郎は冬子が去ったあとでは、いつもなくて
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