いて来たり、蓄音機の高い肉声が響いて来たりする。彼は眠られなかった。祈ることも出来なかった。寝入り際に、楽しそうな女達の笑い声が聞えたが、彼にはそれを単純に楽しそうだと聞いている訳に行かなかった。笑い声は大海の面にわく小波であろう。その小波の底深くには、無限な深い海原が潜んでいるのであろう。平一郎にはその海の神秘と深さと恐ろしさが迫って感じられた。冴えた神経に涙がにじんで来た。母、冬子、和歌子、深井、天野、綾子、乙彦――ああ、自分は淋しいと彼は思った。
 次の朝平一郎はM学院へ行った。監獄のように廻らした木柵の代りに荊棘《いばら》が自然に垣根をなしていた。門の扉ははずれたままで、門側には伸び放題に伸びたポプラが微風にそよいでいた。右手の新しい赤煉瓦の会堂の、青空に聳える渋紅い尖塔、大理石の石柱の重厚さと雄渾さ、窓の色硝子に映る日光のゆらぎの美しさ。緩やかな坂路が門から伸びているその左手は、大地は円やかに膨れて高台となり青々した芝生に包まれてテニスコートがある。花色の服を着た金髪の一少女が学生らしい青年とラケットをもって競っている。
 "Never! Only one Error!" 平一
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