「平一郎さんもうお目覚め? 昨夜、旦那様がお帰りになってから二階へ行ってみると蒲団をかぶって寝ていなすったのね」皆がしめやかに笑った。
「二、三日、見物がてら疲れ安めにここにいらっしゃるといいでしょ」
 半分平一郎に半分栄介に冬子は言った。栄介はうなずいた。冬子が平一郎を見た。その視線が彼にもうここを去るべき時であることを知らした。彼はみんなに会釈して廊下伝いに冬子の「隠れ家」に帰った。彼は二階の座敷一杯に仰向けに寝転がって遠雷のような電車の轟音と薄らな早春の日射しとの交錯を感じていた。そうしているうちに淡い夢の追憶のように天野に対する敵意が彼の意識に現われて来るのは不思議だ。彼は彼の一生に力を尽そうとする天野の恩義を思って自分の心を疑い、根拠のない妄想を消そうとしてみたが駄目であった。訳の分らない、はてしのない、口惜しい淋しさが滲み出て来る。それは堪えられない淋しさだった。人類生誕の劫初より縹渺《ひょうびょう》と湧いて来るような淋しさだった。平一郎はその淋しさを噛みしめながら、天野の「妾宅」であり、冬子の「家」であるところで三日間を過ごしたのである。
 その三日間は平一郎に冬子の生活
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