こで字下げ終わり]

 誤りではないかと彼は思って幾度となく読み返した。しかし読み返す必要はなかった。一度でもう彼はこの手紙の事実が真実であることを知ってしまったのだ。彼が感じた空虚な感じを失望というのであろうか。彼は学校でも幾何の問題を解いているときも、東洋史のイギリス人の印度征服の答を叙述しているときも、彼は和歌子のことを想っていた。どう想っているのか彼には分らない。ただ想っているのであった。それはたとえようのない空虚感。
 印度の征服の問題にそれが歴史の答案であることを忘却して無茶苦茶に英国人の辛辣を攻撃して三枚ものべつに書いて彼は教室を誰よりも先に出て来た。控室から彼は運動場に出た。北国の冬に珍しい澄明な青い空だった。運動場一面に張り凍った氷に冬の陽光は輝いている。彼は和歌子の手紙をポケットからとり出して熟視せずにいられなかった。するとある一つの輝きが彼の頭脳に閃き彼は全身的に叫んだのだ。
「えらくなるぞ!」彼には和歌子を憎む情は微塵も起きなかった。彼は和歌子の(長生きいたします、きっと)を繰り返し読んでいると泉のように懐かしさが湧いて来た。えらくなる、えらくなる、えらくなって
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