んでいたらいいじゃないかね。海の上へ出ると気がまたからりと換《かわ》るものだから」そして「おおい! ここへ茣蓙《ござ》を敷いて、栗の罐詰と酒を持って来てくれないか」と彼はどなった。主檣《メインマスト》の周囲の空所に三人は坐りこんだのだ。お光は半ば恐ろしく半ば壮快に見渡す大海原を眺めていた。すると兄が「実はさっきから地球は今廻っているのだと考えていたので」と言って笑った。船頭が酒をもって来た。お光は兄と俊太郎に酌をしつつ、ほがらかな幸福を感じていた。二人ともそんなに飲める方ではなかった。
「くよ/\するのは無理もありません。しかしそのくよ/\にもくよ/\がありますよ。ひょっと考えてみりゃぁ天地は広大ではないだろうか。君の真価値をそんなに誰でもが知ったらそれこそ迷惑さ。君の身体は弱い。君の容貌はなる程醜い。しかし君の内なる魂の偉大はそうしたものを内から輝かしているはずだあね」
(君の身体は弱い、君の容貌は醜い)と兄の前ではっきり言い得るだけの人間は俊太郎一人であった。お光はそうした瞬間には俊太郎に親身の兄のような愛を感じた。そうして事実彼は綾子の夫として将来彼女の兄となるべき筈でもあった。
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