した深い夜の光沢、冷やかで柔らかく吸いつくような初夏の微風の肌ざわりの夜がめぐり来たのである。白日の太陽の下に照されては、瘠せ細った骨格、露わな肋骨、光沢のないもつれ毛、血色の悪い蒼白な肉身も、夜の無限な魅力のうちに、エレキの白光に照らし出されては、一切は豊潤な美とみず/\しさを現わすのである。くろぐろと宝玉のような光輝をもつ黒髪も美しければ、透明で白い肉身の膚に潮のように浮かぶ情熱の血の色も美しい。軽やかな水色、薄桃色、藤紫色の色彩に包まれた肉体の動揺の生み出す明暗の美しさを何にたとえようか――時は午後九時であった。普通の民家では夜も更けかける時分ではあるが、この家、この街では今ようやく「昼が明け」かけた頃である。[#「である。」は底本では「である」]
 春風楼の茶の間の大きな古代青銅の鉄瓶に白い湯気が旺《さか》んに立って、微妙な快い音が鳴っていた。そこに坐っている女将の、夕方洗ったままの束髪に、単衣に黒繻子の帯を軽く巻きつけた清い単純な姿が、青ずんだ眉あとと共に洗煉された美しさを現わしている。楼主は廓の事務所の用事で外へ出ていなかったので、彼女は帳面を調べたり、客帳に夕方浅く酌み交
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