四方ばかりの手摺を持って囲ってある穴倉の入り口があった。暗い穴の口から、地の底から昇騰する冷気がひえびえと室内に充ちて来る。婆さんは汗を滴らしながら、薄縁《うすべり》をしいて、中央へ大きなお粥の釜を据えた。そしてもう一度「みなさん御飯ですよ」と叫んだ。こうした世界にも階級があった。冬子とお幸が上席に向き合った。時子と茂子、菊龍と富江、鶴子と小妻、最後に米子と市子は一つのお膳を二人で半分半分に使用した。もう十二時近くであった。麗《うら》らかに霽《は》れた紺藍の輝く空に太陽の黄金光は、梅雨あがりの光を熱烈に慄えさせていた。窓から射し入る緑金の光輝は、外を黒塗りに内を丹塗りにした揃いのお膳の漆の色調に微妙な陰影を与えていた。静かであった。黒く煤けた大釜の蓋の隙間から白い粥の湯気《いきり》がすうっとのぼって、冷やかに地底の冷気に融けて、また、すうっとあがってくる。店で乱れた鬢などなでつけていた女達は、食欲も起こらなかったが「習慣にしたがって」この部屋に集まって来た。冬子はお光を皆に引き合わした一安心で、少し疲れを感じていた。朝早く起きたせいか気分が悪かった。彼女は小さい茶椀にお粥を盛って胡麻塩をかけてすすりはじめた。お幸も時子も茂子も小妻も鶴子も、まずそうに舐《なめ》るようにゆる/\と湯気の白くたつ粥をもてあつかっていた。本当に空腹からうまそうに啜っているのは米子と市子の二人の少女のみであった。自然はこの酷使されている、まだ魂も身体も泥劣なことから護られている二人の少女から健全な食欲を奪いはしなかった。二人は貪るようにずう/\音をさせて啜った。冬子はその様子を悦びをもって眺めていた。卑しそうに時子は眼でお幸に二人を指して笑っていた。そして自分は顔を顰《しか》めて、ようやく一杯の粥を啜るのが大変な仕事なのであった。
「菊龍さんと富江さんは随分遅いじゃないの」
時子は自分の横の空席を流し目に見て言い出した。今朝からこれを言いたくてむず/\していたのだ。
「そうね」
お幸は言った。
「望月《ぼうけつ》だから、きっと、吉っちゃんと丹羽さんなんでしょう」
「吉っちゃんと丹羽さん――あのねっつりや[#「ねっつりや」に傍点]のことだもの、遅いのは、なる程、そうねえ」
「今頃はまだ金輪際離すものかとしがみついているのさね」鶴子が大きく言って独りであはははと笑った。時子はその鶴子の口出し
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