の色は失せてしまったが、肥えふとった肉体に薄青い静脈がしずかに波うっていた。「ひとり寝の朝はものうくってしょうがない」と彼女は冬子に言ってから/\笑ったことがある。
こうした鶴子の大柄な身体の蔭に小さい痩せこけた一人の女が寝ているのを見逃すわけにはゆかない。頬のこけた、肉の落ちて小さく凋《しな》びた顔に、乱れかかった髪の毛の一筋を唇にかみしめながら、息する度にほっそりとした鼻がかすかに動く。日はその虐げられつくした暗鬱な顔を照している。額の深い皺の一筋一筋がはっきり浮き出して、女の苦艱を表現せしめている。小妻は不幸な女だった。自分を不幸と信じている冬子でさえが本当に不幸な、と考えたほど不幸な女だ。小妻は多くの女達のうちで唯一人のこの街の生まれで、ある中流な薬房の娘であった。小学校を終えてからこの市街の中流の娘がするように、毎日裁縫の師匠へ通っていた。彼女は内気な目立たない、人なつこい娘であった。師匠さんの家へは川岸伝いにゆかねばならなかったが、十六の頃いつも川岸で会う若い商人らしい青年があった。優しくて男らしい人のように小妻は思った。ある日の帰りのこと、にわか雨がぼつ/\降りはじめた。そこへその青年が来合わして傘の中へ入れて家まで送ってくれた。路々恥かしながら話してみると、彼女の家とは裏つづきの紙問屋の息子だったときの悦び。二人は仲よくなり、そして娘は孕んだらしかった。孕んだのではないかしら、とひとり思い煩っているうちに、親達が縁組を結んでしまった。行先は同じ薬屋の問屋であった。(「何故あのときはっきり親達に言わなかったのでしょう。矢張り叱られやしないかしら、というようなことが恐ろしかったのよ、冬子さん、随分可愛いことを思っていたじゃありませんか」と小妻はよく言った。)紙問屋の息子が心変りがしたものと信じて遊蕩をはじめる。そのうちに娘は孕んでいたことが隠しきれなくなって離縁される。内気な小妻は、内気で弱い心の持主であるために、家を逃げ出してひどい目に遇いどおしで、娼婦の群に入ってしまったのである。内気な、弱い、すなおな魂と、神経質な敏感な傷められ易い肉体をもつ彼女に、娼婦の勤めは惨酷な地獄だった。一と夜を明かせば、次の朝には烈しい熱に苦しまねばならなかった。そして熱苦がおさまる頃にはまた夜の恐ろしい忌わしい惨虐がやって来た。機械になり切れない小妻にとってはそれは惜
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