青い空が永遠であるかのように美しくその上に輝いている。平一郎は哀愁を感じて来た。何故の哀愁であるかは分らないが、M公の邸を囲むセメントの塀を越えて深い森林の樹葉が路上に掩い被さっている街角から左に折れる暗い狭いやや急な坂路が続いている。奥山は「ここを折れるのです」と言い、M公の邸の対《むか》い合う竹藪をO子爵の邸だと教えた。春の日も杉林と竹藪に囲まれたその路上には射さず、寒い程に寂しかった。坂を登るにつれて陰鬱な樹林の間に薄赤い咲き乱れた桜の雲が美しく見えたとき平一郎は「ここだな」と直覚した。路上には、板塀の外へ枝を伸ばした桜の花弁が白く散り敷いていた。坂を登りつめて右手の街路には高雅な板塀が続いていて、大きな鋼鉄の門に「天野栄介」と門標が打ってある。傍の通用口を入ると花崗岩《みかげいし》を敷きつめた路が両側の桜の樹の下を通じている。玄関の横の格子戸を開けて奥山は案内を乞うた。女中が出て来て、「あ、奥山さん」と言った。
「奥さんはおられますか」
「はい、御在宅でございます」
「そう」と彼は靴を脱いで平一郎を忘れたように置き放しで奥へ入ってしまった。平一郎は拭き磨かれた上り口に腰かけて航海者が空模様を案じるような不安を感じていた。格子越しに見える桜樹の下の犬小屋を瞶《みつ》めながら自分の上京が取り返しのつかない失敗のようにも考えられたのだ。「大河さん、奥さんがお呼びでございます」顔の平たい細い瞳の奥に善良さが微笑んでいる女中が呼びに来たので彼はついて行った。十畳の茶の間には奥山が洋服のままで正坐して何かを喋っていた。「何分まだ中学を卒業しない少年でございまして――」
「ほんとに何故もっと早く連れて来ておくれでなかったい」と言う声は、重みがあり、ほがらかで、偉大な響きをもっていた。平一郎はその声を聞いたひととき自分の素質に微妙な索引力を感じて思わず座敷へ進み出た。
「はじめてお目にかかります」と頭を下げ、火鉢を前にして坐っている夫人を正視したとき、彼は驚きのために、そうしてその驚きがあまりに急激で深く、凝結して、身動きがならなく感じた。彼は夫人に「母のお光」に生き写しの女を見たのだ! が、それは一瞬間のことで、平一郎が全力で綜合的に受容れた深い印象であった。人の生涯にあるかなしの本質と本質との照合だったのだ。彼は自分を疑うようにもう一度彼女を見直した。そして最早「母のお
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