が決して「思っていたように」幸福でもなく自由でもないことを知らしてくれた。彼女は実に「妾」であったのだ。天野は自分の経営する会社と高輪にある本邸とが離れているという理由のために、会社に近いこの町に別邸を設け、そこに隔晩毎に泊るのだった。別邸はつまり妾宅である。そして太助夫婦は十数年来の天野の腹心の家来で(太助はもと会社の小使、お芳はもと高輪の方の邸の女中であった)外部へは協力して冬子をかばっていたが、同じ協力の力は、「御新造様、御新造様」と礼儀と親愛をもって傅く裏に、絶えず「天野の代り」となって厳しい監視と干渉を固持するのである。恐らく冬子が天野を愛しているように天野は冬子を愛するのであろう。ただ天野の愛は同時に絶対的な支配を要求することである。冬子は捕えられて飼われる小鳥のように、生活には困らないが、しかし不自由で、真に孤独で、「道具扱い」をされていた。平一郎は、天野の来ない夜、はじめて見た東京の市街の話や、故郷の話、お光のことを語りながら、懐かしさに夜の更けるのを知らなかった。平一郎は冬子がやはり昔のように美しくて、気稟《きひん》があって、荘厳で、淋しそうであるのにどんなに悦んだかしれない。そして、平一郎は(冬子も)、もっと寛やかに、意識を渾一にして話したくてならなかったが、しかし何故かそれをさせない、冬子との話にある隔たりを強いる「無言の意志」が家一杯に充満しているように考えられてならなかった。「汝等は自分の奴隷である。汝等は自分の言葉の喇叺《ラッパ》であれ、汝等は汝等自身の天性を滅却して跪け」と大音声で叫んでいる精神が感じられた。お芳やお玉が用もないのに絶えず出入するのだ。そして監視の眼を光らすのだ。その光らせる源には「天野」がいる!
ああ、何んという孤独! また淋しさ! あのように立派で美しくて名妓とまで言われた冬子、その冬子が今はとう/\天野に支配されて、「別邸」に幽閉される囚人であろうとは!
「救って頂戴、平一郎さん」冬子の嘆きと念願が平一郎に聞える。平一郎はこれから天野の邸へ行こうとする自分もまた「囚人」になるのではあるまいかと考えてみた。
「この自分を虜《とりこ》にできるならしてみるがいい! 己だけはならないぞ!」
四日目の午過ぎに奥山という四十二、三の背の高い男が来た。彼は平一郎と同じ金沢の生まれであった。冬子は彼に「どうぞよろしく」と会釈し
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